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小説「素ナイパー」第27話

 「直哉君。私だって嫌だったわ。でも大丈夫。自白剤であなたの殺しの証言を録音する時以外はマイクの電源を切っておいたから」
 「そう。彼女は嫌がっていたよ。しかし君の証言が必要だったんだ。君が殺し屋であると確証できる証言がね。なにせ君みたいな若い青年が伝説の殺し屋とは信じがたかったからね。それに例えば君がこの話に乗らない場合にはそれが君を裁く証拠にもなる」
 「そんなもの、取引にもならない」

 自らへの怒りは急速に失せていった。そしてすべてが終わったという虚脱感が直哉を襲った。女に溺れ掟を破り捕らわれの身になった。自分の辿る道は全て閉ざされたと思った。

 (死のう)
 そう決意しても恐怖は感じなかった。「捕らわれたら死ね」それも幼少の頃に叩き込まれた沖田家のルールの一つだった。


 「直哉君。私はあなたともっと一緒にいたいわ」
 

 知子の声は響かなかった。直哉の頭を巡っていたのはこれ以上の情報を彼らに渡さない方法だった。


 「さて、どうする?答えは決まっているはずだ」
 「・・・わかった」
 

 直哉は、スピーカーに向かって言った。

 「妙な事は考えない方がいい。君が寝ている間にその太腿にチップを埋め込ませてもらった。君の行動は逐一我々に把握されている。まあ試用期間が終ったら取り出すよ」

  確かに太腿には縫合の跡があった。

 「あなたと仕事ができて嬉しいわ。こんな事、高校時代は考えもつかなかった」

 知子が言うと、男の声が横から茶々を入れた。

 「なあ。知子は昔からこんなにセクシーだったのか?」

 直哉は答えなかった。これからの行動を頭の中で反復していたからだ。ただ死ぬわけにはいかない。自分の痕跡をすべて残さずに顔を見られた相手もすべて殺さなくてはならなかった。例え知子でさえも。

 「早く縄をといてくれ」
 「OK」

 部屋のドアが開くのを待ちながら直哉は家族の事を思った。そこには浅はかな期待感などなかった。捕らわれた殺し屋は自業自得。あっさりと自らの死を受け入れていた。すべての殺しが自分一人の仕業だと思われているうちに彼らを殺せば家族には危険が生じないかもしれないという可能性が直哉にとっての唯一の救いだった。

 CIAの拠点から逃げ出す事は不可能だろうが、彼らを殺しデータを消去する事はできるだろう。
 腕には拘束ベルトが巻かれていた。直哉はゆっくりと自分の腕の間接を外し始めた。終わりを覚悟した時、直哉はやっと殺し屋としての自覚を取り戻した。

 部屋の扉が開いた。平らな靴の底が地面に触れる音を聞くと入ってきたのが知子ではない事に少し安堵した。初めに彼女を殺してしまえる程の心の準備はできていなかった。
 下を向き項垂れた演技をしながら男が後ろに立つのを待った。足音から歩幅を計り歩数を予測する。
 そして足音が止んだ。その刹那、関節の外れた腕を拘束ベルトから抜き取ると、身体を半回転させる遠心力で再度関節を入れ直し全力の拳を男の頬に送り込んだ。
 諦めと決意を乗せた拳は男の顔面を破壊し、すぐさま部屋を抜け出し残りの人間を殺しに行くはずだった。
 しかし全力の拳はあっさりと避けられ、カウンターの拳を男に見舞われてしまった。
 直哉は男の反応に瞠目していた。幼い頃から叩き込まれた格闘技を破断された事などなかった。CIAの工作員とはいえ、成人を過ぎてから身につけた体術に自分が負ける事は考えられない。

 直哉は意識を必死に保ちながら立ち上がろうとしたがカウンターの一撃は脳を揺らし回復しなかった。

 (終わりだ)

 反撃のチャンスを潰され死を受け入れた直哉の視界が少しずつ広がる。目の前の鏡に映された男のシルエットが鮮明になってゆく。
 すると拳よりも強烈な衝撃が直哉を襲った。鏡には仁王立ちする父親の淳也の姿があった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。