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止まり木にいる優しい梟

 週末になるとそのBarにはいつものメンバーが集まっていた。男女年齢問わず、くだらない話に花を咲かせて。時には朝まで話て、その店以外の場所でも飲んだりして。まるで大人のサークルに入ったかのように。僕らはこんな日々がいつまでも続くものだと思っていた。

 しかし、誰か一人が来なくなったことをきっかけに、だんだんとそれぞれの事情で店に集まらなくなっていった。引っ越し。結婚。中には仲違いのようなこともあったと聞いた。いつかしか週末に店にいるのは僕だけになっていた。

 僕は知らない顔の客ばかりになってしまったカウンターに座っていた

 「今日は静かな夜ですね」

 バーテンダーが言った。考えてみれば、彼は僕らの始まりと終焉を何も言わずに眺めていたのだ。

 「みんなこなくなっちゃって寂しいもんです」

 「それでいいんですよ。Barは夜の止まり木ですから」

 「夜の止まり木か・・・」

 「もしかしたらあなたもいつか来なくなるかもしれない。でもそれでいいんです。一瞬、ここで出会って語らっていただいて、楽しい時間を共有してもらった。それだけで私達は満足なんです」

 マスターはいつもニコニコと僕らを眺めているだけで下手に介入はしてこなかった。きっと、こんな僕らのような出会いと別れをいくつも経験しているからこの結果をわかっていたのだろう。Barで出会ったもの同士はいつか別れゆくのだと。

 「いつか、僕もこの店に来なくなったらマスターは寂しいですか?」

 するとマスターが微笑して言った。

 「寂しくないわけないですよ。だから私はこの止まり木を枯らさないようにしてあなたを待っています」

 少し離れた席で少し前の僕らのような常連達の騒めきが聞こえた。僕は切なさを感じて席を立った。

「マスター。じゃあ帰るよ」

「はい。ではまた」

「また」

 Barは僕らの人生にとって一部でしかない。今は寂しがっていても僕もきっと新しい人生を歩み始めたらこの店に来なくなったりもするのだろう。そうやって人はすれ違つて生きていく。バーテンダーはそんな無数の別れを優しく見守ってくれている。まるで梟のように。

 

  

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。