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小説「素ナイパー」第2話

 沖田直哉は殺しを生業にしている。そして沖田家は代々続く由緒ある殺し屋の家系で祖父も父も姉も皆、一流の腕を持っている。

「ケネデイを暗殺したのはわしじゃ」

 酔うと祖父の源次郎は必ずそう言い「大久保利通は、お前らの曾おじいちゃんの仕事じゃ」とも自慢げに語る。
 他人が聞いたら眉つばものの話で外から見ると普通の家族に見える一家と暗殺の関連性を見つける事はできない。
 しかし直哉自身はその話を酔っぱらった爺さんの誇張だとは思わない。現に自分も殺しを生業にしているからだ。
 脈々と受け継がれてきた暗殺者としての血に加え幼児期からの英才教育もあり直哉も姉の里香もまだ二十代半ばでありながら一流の殺し屋として働いていた。
 直哉はナイフでの殺しを得意とし里香は柔術を練磨した独自の技で相手を殺すのがお気に入りだ。「ナイフだと血が服に付くのが嫌なの」姉が武器を使わないのはそんな理由もある。
 

 もちろん二人とも毒物から射撃まであらゆる殺し方を身につけていて、そのすべてにおいて一流以上の腕を身につけている。
 二人の父の淳也は遠距離射撃を得意とする超一流のスナイパー。唯一家系の血が流れていない母親も元KGBの殺し屋だった。ちなみに母親はロシア人で直哉と里香はハーフだ。
 東京都の城南地区に住むこの殺し屋一家ははっきりと「沖田」と書いた表札を掛け、税金を払いながら一般人と同じように暮らしていた。
 もちろん彼らが殺しを生業にしている事を近所の誰一人として知るはずもない。戸籍もまっとうなもので名前も本名だし、普通に中、高、大学と通い人並みの教育も堂々と受けている。それができるのは複雑に作られた仕事の依頼方法のおかげだ。
 依頼は昔から何重もの人間を伝って届く。最近ではコンタクトはすべてメールでのやりとりになり、彼らが直接クライアントと会話をする事はない。
 

 殺しの依頼の大半は妬みや恨みを根源としたものだ。この世から相手を消したいと考えそれを実行した人間は憎悪の螺旋に取り込まれてゆく。
 恨み、殺し。疑い。また殺す。その世界に信用などと言う安易な理想にへばりついた言葉は存在しない。そこにあるのは猜疑心と欲。そして自己保全だけだ。
 殺しの螺旋の世界は狭い。優秀な殺し屋を雇えばその殺し屋を他の者が雇って自分を狙ってくるのではないかと苛まれる者もいる。
 ただの雇われの殺し屋であっても、その世界に住んでいる事は事実で標的とされる可能性は十分にある。
 

 だから彼らは決してクライアントに顔を明かさない。性別、国籍、何人で仕事をするのかさえも知られるわけにはいかない。自分達の命が危険にさらされる可能性があるからだ。彼らの顔を見る事ができるのは死ぬ寸前の標的だけだ。
 業界内でも沖田家の存在を知る者はいない。張り巡らせた無数の中継地点とコンタクト方法のおかげで頻繁に利用するクライアントでさえ常に複数の殺し屋に頼んでいると思い込んでいた。実際は世界の殺しの仕事の半分のシェアを沖田家が握っているのだが。
 

 しかしそのおかげで、彼らは堂々と日を浴びて生活する事ができる。表向きの職業の偽装も簡単なものでよかったし、税金にしても戸籍にしても少し細工をすれば何の問題もなかった。「依頼人とは決して顔を合わせない」沖田家はこの掟を守り通してきたおかげで脈々と続いてこれたのだ。 

「もう終わるところだよ」

 標的を追う時と同じ速さで街を駆け抜け直哉が家に着いたのは十時過ぎだった。目算よりも十数分早い到着だったが無情にもズーム合コンは終了の気配に包まれていた。
 洋介と一平はログインしてきた直哉を見ても顔を上げる事なくそれぞれ自分のお目当ての女の子と連絡先の交換をしている最中だった。


「あ、これ俺らの友達の直哉」

 女性陣はいまさら・・・な表情で顔をあげおざなりな挨拶をした。しかし自分に興味を持った様子はなく直哉はため息をついて連絡先を交換する様子を眺めていた。
 小学校からの同級生である洋介と一平は唯一親友と呼べる存在だった。そして彼らのおかげで直哉が合コン相手には困ることはなかった。
 殺し屋という出会いのない仕事をする直哉にとって一般的な生活を送っている二人が用意してくれる社交の場は唯一の出会いの可能性だった。
 しかしここ最近は不景気のおかげで仕事の依頼も多くまともに参加する事はできなくなっていた。

「じゃあまたね」
「連絡するね」

 女性陣は画面ごしに洋介と一平にだけ手を振って消えて行った。

「直哉悪いな。でも遅すぎるよ」
「仕事が長引いてさ」
「次はちゃんと時間通りに来いよ。て言うか今日の女の子達繋げてまたやるからさ」
「ああ。頼むよ」
「三人で飲み直すか?」
「いや今日は仕事で疲れたからもう寝ようかな。じゃあ」

 直哉はパソコンを閉じベッドに横になって天井を見つめた。瞳を閉じると、いつも未だに忘れられない恋心が燻る記憶が蘇った。
 正直に言えば、本当は合コンなんて興味はない。あの時から八年経っていると言うのに彼の心はたった一人への想いを消し去れずにいた。

(知子はいま何をしているのだろう)

 何回もリフレインしてきた美しく美化された記憶。殺し屋とは思えない程無防備な姿で直哉はいつものように切ない想いの中で眠りについた。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。