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小説「素ナイパー」第29話

 直哉を捕らえたCIAの部署は表向きにも裏向きにも存在しないものだった。

 「歴史は自分達が作っている」

 長い諜報活動とそこから生まれる欺瞞に陶酔した一人の幹部が、それに同調する人間を集め勝手に作り上げた非公式の組織だったのだ。
 彼らは膨大なデータベースから数十年先までの歴史の変遷を勝手に作り出し。各国要人の生死。自然災害にいたるまで全てのシュミレーションを行い、アメリカにもたらされる富を求め自己欺瞞的な正義に乗っ取った平和を作り出そうとしていた。そして、その計画の邪魔になる者を消していった。

 そしてシュミレーションを行うAIはある日、一人の暗殺者の存在をはじき出した。
 ケネディ、マッキンリー、レーム。CIAの関わっていない暗殺事件の犯人を数年かけて分析した結果一人の男に辿りついたのだ。
 当然このコンピューターのはじき出した結果は間違いだった。伝統的な殺し屋の家系である沖田家は、その完璧な手法を簡単に変える事はないし年代的にも、たった一人の男が実行するのは不可能だ。
 バッテリーパークに現れた直哉の姿を確認すると、彼らはコンピューターの間違いを確信した。しかしその後の直哉の殺しを目の当たりにすると、紛れもない一流の殺し屋である事は明白だった。彼らはその腕を歴史を書き記す新しいペンとして利用しようと考えた。偶然にも幹部の狂信的支持者であった諜報員の知子と同級である事がわかると、その身体と自白剤を使って誘惑し引き入れる計画ができあがった。
 

 父の淳也は、ニューヨークのバッテリーパークでその仕事を見られた時から知子に疑念を持っていた。そしてその日から姉の里香に知子の正体を探らせながら直哉に張り付いた。
 溺れてゆく息子を助けるチャンスは何度かあったが、仕事を嗅ぎつけられた相手の正体を知る必要があった。
 未熟でありながら女に溺れ心が不安定な息子のスペイン、マルセイユでの失態をフォローして黙認した理由はその為だった。
 掟を破った息子に対して当然淳也は落胆し怒った。しかしそれ以上に同情もしていた。
 淳也は若い頃、何度となく父親に反抗し殺し屋でいる事を拒否した。世は学生紛争の最中だった。
 理想に燃える同世代の人間達の非力ながらも熱い魂の猛りは、大人達の謀略の手伝いをする自分の仕事と比べると神聖に見えた。何も関係ないようにただ報酬の為に人を殺す行為は汚れて見え大人の言いなりになっているかのような感覚があった。
 淳也は何度となく父の制止を無視して紛争に加わり挙句、牢にも入った。学生紛争の終息と共に淳也の中にあった若々しい理想の炎も終息していったが、その時期には明らかな青春があった。
 里香も直哉もとても素直な子供だった。殺しの鍛錬を休む事もなく一度だけボイコットした事もあったが自分に比べれば優等生だった。
 しかし決められた人生を歩む事が本当に彼らに正しい喜びを与えるかは疑問だった。二十歳を過ぎた彼らの中に自分の中にある猛々しい青春があるとは思えなかった。

 しかし淳也は仕事にかまけてその事を問いかけはしなかった。そして信じた道を進む彼らを惑わせる事を恐れてもいた。絶え間なく入る依頼の中で自分の仕事への疑問は死を招く危険性があったからだ。

 墜ちてゆく息子の姿には不謹慎ながら青春があった。悩み苦しむ姿には自分が失った若さがあった。
 青春を与えず殺し屋にさせてしまった事に後ろめたさを感じていた淳也はギリギリまで直哉を止めなかった。掻き毟るような胸の疼きと泣きたくなる様な切なさはやがて生きてゆく糧になると。

 淳也は直哉の姿に若き日の自分を重ねながら、その時には命をかけて直哉を守ろうと決意していた。例え一族の掟を破ろうとも。

 車の後部座席で全ての真相を聞いた直哉は自分の不甲斐なさを嘆き後悔し怒りすら覚えた。
 浅はかな動機で海外での仕事を望み一流の仲間入りをしたと思っていたが一つも自分一人で成功させた仕事などなかった。あまつさえ自分の行動が家族をも危険にさらしてしまっていた。
 その事実は幼い頃からの父の教育を裏切り家族を裏切り自分のアイデンテイテイをも捨てる行為だった。それなのに何も考えずに過去に、欲望にのめり込んだ自分が情けなかった。
 涙が止まらなくなった。そんな自分を危険を犯してまで助け許そうとしている父への姉への想いが溢れた。

 「直哉。降りなさい」

 数時間のドライブの間、直哉は項垂れ窓の外を見やる事もなかった。涙が止まると自分がこれからどうしていいのかわからなくなった。

 (こんな自分がこの先殺し屋を続けてゆけるのだろうか?辞めるとしたら自分に何ができるのか)

 生業も女も全てを失った中で直哉は自分の辿る道を完全に見失っていた。

 力の入らない身体で里香に言われるがまま車を降りるとそこは全ての始まりの地、ニューヨークのバッテリーパークだった。
 暗い海を眺めると知子に再会した時の事が頭を過ぎったが、その光景はモノクロだった。すると、淳也がトランクの扉を開け母特製のサイレンサーの付いたトカレフを直哉に握らせた。

 「終わらせるんだ」

 そう言うと里香と共に車を離れた。

 不意な状況の変化に戸惑いながら直哉はトランクを覗いた。するとそこには、身体と口をガムテープで巻かれた知子の姿があった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。