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やって出来ないことなんか本当に存在しない話

私が大切にしているフィロソフィーの一つは、

やって出来ないことなんかない

ということ。

そういうと、「いや、できないことはあるでしょ」「私はこれができない」と言う人がいる。

ただし、よくよく話を聞いてみると、「出来ない」と思い込んでる、というか言い張ってるだけにしか過ぎないように思うのです。

繰り返しますが、

やって出来ないことなんてありません。
ただし、クオリティに個人差はあります。

同じ条件のことをしたときに、
他者よりずっと早く出来る人、
他者より上手に出来る人、

それはいます。多少、あるいは相当数。

じゃあ自分の出来るレベルに意味がないかというと、そんなことはないと思うのです。

誰もが1番出来る人になれる訳じゃない。
でも、1番出来る人だけが必要とされる訳でもない。
むしろ1番出来る人が必要とされるシチュエーションはかなり限られている。

自分や、周りの人を見てみてもらえば、
身の回りで「1番優れているもの(そして1番高級なもの)」というのはほとんどないはず。
その中の多くは、お金が十分にあったとしても、1番のものを欲しいとは思わないだろう。
(私は傷つくのが怖い高級スポーツカーも、自分に似合わない高級ブランドファッションも、掃除の手間がかかる広くて部屋の多い家も必要ない)

つまり、ある意味で1番出来る人の仕事は、多くの人にとってそれほど必要ではない、ともいえます。

1番綺麗な人が
1番頭の良い人が
1番お金を儲けている人が
あなたの人生の助けになることも、おそらくほぼ、ない。

そんな1番な人たちよりも、あなたのことをよく知り、あなたのために身体を張ってくれる人の存在を、ありがたいと思うはず。

だとしたら、我々にとって本当に必要なことは、
誰かが困って助けを求めている時に応えるのは「出来ない」じゃなくて、「やりますよ」だと、私は思うのです。

やって出来ないことなんてない。
私が良ければ、やりますよ。

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