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僕が出会った風景、そして人々(番外編⑤)

僕が最初に入った現場は、その後1ヶ月ほどで調査が終了した。

当時は自分が何をやっているのか、何のために作業をしているのかなど、たぶんほとんど理解していなかったと思う。
 それでも、一つ現場を経験したことで、なんとなく遺跡調査はおもしろいなという感想を抱いた。
 考えてみれば、数千年~数万年前の人々がどんな生活をしていたのか、それを探求するという、ただでさえ面白い仕事を、お給料をいただきながらさせてもらえるのだ。
 このバイトは、当時の僕にはまさに願ってもない仕事だったと思う。

さて、現場の仕事は終わったのだが、僕の首はとりあえず、つながった。
 というのは、遺跡の発掘調査は、現場における発掘作業とその後の整理作業がセットになっているのだ。前回お話ししたような、遺物の水洗いと注記、その他諸々の作業が待ちうけており、最終的に調査結果を1冊の報告書にまとめた時点で調査が終了するという仕組みだ。

まあ、すべては”予算ありき”であって、お金があれば仕事を続けることができ、無くなったらお払い箱というのが実情であった。

とにかく、僕はこの、とても居心地のよい仕事を、もうしばらく続けることになった。現場での肉体労働はきつかったが、遺物上げや遺構の実測作業(遺構の規模や形状、充填土の堆積状況を調査し記録すること)などは、神経は使うものの、肉体的には比較的楽な作業もあり、コツさえつかめば決してキビしい仕事ではなかった。

ということで、調査会事務所で整理作業をしたり、「点の記」と称して、市内の標高ポイントを集計するための測量などをしているうちに、やがて次の現場が決まり、調査チームが結成されることになった。結果、またまた僕の首はつながったのである。
 だがしかし、このときすでに、僕にとってまったく予想外、驚天動地の事態が待ち受けていたのだった。

その日も僕は調査会事務所で、いつものように遺物の水洗いをしながら、同じくパートで働いていた主婦の方々と楽しく語り合っていた。

すると、笑い仮面こと主任調査員K氏がやって来て、いつも以上に微笑みながら僕に近づいてきた。
 嗚呼、その時点で、僕はもっと警戒すべきだったのだ。

「A君(僕の名前)、キミももうだいぶこの仕事に慣れただろうね」

「はい、いやー、まだまだ初心者ですよ。わからないことだらけです」

「うふふ、大丈夫さ。ところで、キミを見込んだ上でお願いがあるんだよ」

あくまで純情な僕は、ほがらかに返事をした。「なんでしょうか?」

「実はね、次の現場がもうすぐ始まるんだよ。前回と同じように、市道の工事に伴う発掘で、約2メートル幅のトレンチ調査だよ。ところが問題がひとつだけあって、最初の10日間だけ調査員が不在なんだ。僕が出られればいいんだけど、今、職場(社会教育課)が忙しくってね。だから、君にその代わりをやって欲しいんだ。どうだろう?」

「ガビーン!!」

このとき、本当に僕の頭の中で、「ガビーン」という音が木霊こだましたと思う。たぶん。
 いや、マジで、それほど驚いたのだ。だって、僕の発掘調査に関する知識なんて、まだ素人に毛が生えたぐらいのもので、現場作業のノウハウなど、ほとんど知らなかったのだから。
 そんな僕に現場監督を任せるというのは、あまりに無謀ではないか。実際、K主任だってそう思っていたに違いない。

「Kさん、そりゃあ無理ですよ。僕、まだ全然初心者だし。無理無理!」

その瞬間、K氏は細い目をことさら細めて、泣きそうな顔になった。

「頼むよォ・・・。頼りになるのはキミしかいないんだよ。そうそう、いい知らせがあるんだ。現場が始まる頃に、また○塚君が戻ってくるんだよ。彼もある程度現場経験を積んでいるし、二人で相談しながらなんとか頼むよ」

結局、僕はその提案を受け入れた。というか、そうするしかなかったのだ。こうして僕はどんどん遺跡の世界にはまり込んでいくことになった・・・。

その後僕は、K主任から促成栽培で現場の知識を叩き込まれた。発掘調査の手順を最初から教わったのだ。以下、ごく簡単に記してみよう。

発掘調査の手引き(初心者用)

①標高移動およびグリッド設定
最寄りの標高ポイントから、測量によって現場まで標高点を移動させる作業と、現場にグリッドと呼ばれる2メートル単位のメッシュ(地図上にかぶせる正方形の網の目)をかける作業。すなわち、発掘調査を行う範囲が、日本のどのあたりに位置しているかを、あきらかにすること。難しいのでこれ以上の説明は省かせていただくが、位置関係と標高は、遺跡の発掘調査に欠かせない重要な情報なのだ。

②表土
現場に重機(パワーショベル)を入れて地表面から削っていき、表土と呼ばれる、近・現代に攪乱された部分を取り除く作業。耕作や工事などにより、自然堆積の土層が破壊された部分を剥ぎ取る。

③掘削、遺構確認
ジョレンと呼ばれる道具で地面を平らに削る作業。ここからが本格的な発掘調査となる。この際に注意すべきことは、「平らに削る」=「土層の堆積に対して平行に削る」ということ。今回の現場となる市道は、南北に約60メートル、そこから直角に折れて西に20メートルほどの範囲だが、南北部分が北から南に向かって傾斜しているので、傾斜に沿って削っていく必要がある。

発掘現場

上図a~a'間が約60メートルで、南方向に下がっているのがおわかりだろうか。ジョレンによる掘削は、遺構確認面と呼ばれる、縄文時代の生活面あたりまで。ここで住居跡やピット、土坑と呼ばれる遺構を検出した場合は、次の作業に移行する。

④遺構調査、遺物上げ ⑤先土器時代(旧石器時代)調査
④~⑤については、次回以降にお話しさせていただこう。

即席調査員(調査員もどき)の苦闘
まあ、この辺りまでは、なんとかなった。次はいよいよ、現場に重機を入れて「表土剥ぎ」開始だ。

ところで、このときまでに、ようやく調査スタッフが勢揃いしていた。僕の時と同様、アルバイト募集により集められたメンバーで、現場での作業経験者は一人もいなかった。唯一、グリッド設定の時から加わった○塚君だけが経験者だったが、その実力は僕とどっこいどっこいだ。
 さて、この時の主立ったメンバーをざっとご紹介しておこう。

G藤:眼鏡をかけてヒゲぼうぼうのウサンくさい男。自称ミュージシャン。写真家をめざし、バイトで稼いだお金を使い、インド、ネパールに旅しては写真を撮りまくっている。異端文学をこよなく愛し、小栗虫太郎、夢野久作、中井英夫の大ファン。

S西:ガリガリに痩せており、柳の木のようにゆらゆら、飄々としている。いつもオレンジ色の服を身にまとっていて、休憩時間は瞑想にいそしんでいる。ヨガをやっているらしい。

M村:正岡子規もしくは谷村新司にそっくりな青年。「しょーがねえですぜ」が口癖で、酒が大好き。バイト代が入ると必ず可愛い女の子がいる高価な飲み屋さんに出かけていた。

Tムラ:某美術大学出身の青年。売れない画家。リキテックスを使った切り絵を描く天才・・・らしい。ギラギラした痩せ浪人のような風貌で、口癖は「まあ、オレは天才だからね」

Y田:学習院大学4回生。福山雅治風の色男で、一見ちゃらんぽらんで軽薄そうな印象(福山さんゴメンナサイ)。何不自由なく育ったお坊ちゃんタイプの青年だが、本当のところは、どうやって生きていくか、心底悩んでいるらしい。

I(アイ):僕が最初の現場で知り合った若者。無事大学を卒業したのだが、なぜか普通に就職せず、遺跡の世界に舞い戻ってきた変わり者。フォークソングをこよなく愛する純な男。

:この記事の作者。1970年代における典型的なドロップアウト人間。理想と現実の狭間でもがく青年といえば聞こえはいいが、本当はいい加減でテキトーで、気の弱い男子。

K内:10日遅れで現場にやって来た調査員。あだ名はジャングル。ヒゲぼうぼうでサングラスをかけた男で、日本と南米を行き来する変わり者。アルコールは苦手で、コーヒーをこよなく愛する。意外と純情。

K主任調査員:某市役所社会教育課の職員。「笑い仮面」は僕がつけたあだ名。笑っているのか、怒っているのか、泣きそうなのか目つきだけではわからない。お役所仕事にうってつけの真面目人間だが、遺跡と人間が大好きなロマンチスト。酔っ払うと「新潟ブルース」とアニメ「タイガーマスク」のエンディング曲を好んで歌う。

はてさて、こんなハチャメチャ人間たちが織りなす発掘現場模様。いったいいかなることになるのか、乞うご期待・・・。

(続く)

※この物語は、僕がずっと昔、遺跡発掘調査に従事していた頃の思い出を元に再構築したものです。登場人物も出来事も、虚実取り混ぜております。実在する人物、団体とは略々関係ありません。たぶん。

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