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チカムリオ(その⑥)

(前回までのあらすじ)
僕とキヨシとユミは幼馴染で大の仲良し。ある日、秘密の通り道で紫色に輝く不思議な切符を拾ったのがきっかけで、怪しいタクシーに乗って時空を超える旅にでることになった・・・。


「うむ。少し脇道にそれてしまったようだな、本題に戻ろうか。”無”に関する話だったね。」

「宇宙と宇宙がくっついている話だったわ」

「君たちは箱の中の住人ゆえ、箱に関しては詳しいことだろう。だが、どう頑張っても宇宙の全貌を明らかにすることはできない。もちろん、隣接する宇宙に移動することも叶わない。その存在すら認識できないからだ。そういう状況下にあって、”無”は2つの世界の境界にある特異点であり、ここには空気もなく、通常世界を構成する物質もなく、あまつさえ時間すら存在しないのだ。」

おじさんはさらに続けた。

「そのような場であるがゆえに、ある意味では矛盾に満ちているから、たとえばそこでは、この世の物でない幻を見てしまうことがしばしば起こるのだ。君たちがいま見ているような・・・」

そのときユミが叫んだ。

「すごい!見て、シュークリームがあんなにたくさん!窓の外に、ほら!」

僕はびっくりしてユミが指さす方を見た。すると、どうしたことだろう。シュークリームなどは、影も形もない。そこには何も・・・いや、待てよ。
 何かもやもやとした煙のようなものが立ち昇ってくるぞ。
 その中から次々と何かが出てきて・・・僕はそいつが何かわかった瞬間、やはりユミと同じように大声を出していた。

「うわ!怪物だ!怪物が出てきたぞ!」

僕が見たのは無数の怪物だった。
 巨大な恐竜のようなモノから小さいトカゲ(?)まで、数え切れない怪物の大群がうごめいている!
 中には、上半身が動物で下半身が人間という不気味なモノや、下が魚で上が人間というのもいた。
 それらが次々と煙の中から現れてこちらに向かってくるのだ。
 しかも、そのうちの何匹かは、この車の中にも入ってきた。窓やドアからまるでなにも障害物がないかのようにするりと通り抜けて入ってくるのだ。

車の内部はパニック状態だった。ユミにはそれが全部シュークリームに見えるらしく、しきりにそれを掴もうと手を伸ばしているし、キヨシは何も見えないみたいで戸惑っている様子だ。

「どうなってるの、いったい!」

僕が運転席に向かってそう叫ぶと、振り向いたおじさんの顔が、恐ろしいゴリラになった。ゴリラの顔のままニヤリと笑ったおじさんが、何かのスイッチを入れた。

その途端、甲高いキーンという音が響き、車の中に薄い膜のようなものが降りてきた。と同時に、さっきまであたりに群がっていた怪物やシュークリームが瞬く間に消え失せてしまった。
 もちろん、おじさんの顔も元に戻った。

「不条理の世界を満喫したかな」

とおじさんが言った。少し楽しそうだった。
 キヨシひとりが不満げにぶつぶつと呟いている。あり得ないとかなんとか・・・。

「さあ、そろそろ最終目的地だ。君たち、前方をよく見ていたまえ。チカムリオの入り口が見えてくるだろう。チカムリオへは、宇宙と宇宙のつなぎ目に入った瞬間に、いわば角度を変えて進むことで到達することができるのだよ」

「じゃあ、チカムリオっていう所は、宇宙とは違う場所なの?」

「今は、君たちの想像を絶する場所としか言えない。まあ、見てのお楽しみといったところかな」

僕はフロントガラスの向こうをじっと見つめた。キヨシもユミも身を乗り出すようにして前方を見ていた。
 と、はるか前方で何かが光ったような気がした。

「チカムリオへ行く前に、君たちに言っておくことがある。ひとつは、君たちが見たり聞いたりしたものを何かにメモしないこと。もうひとつは、これから先、どんなことがあろうと何を見ようと、決して車の外に出ないこと」

「どうしてメモをとってはいけないの?カメラも使えないんですか。僕、小さいカメラを持ってきたんだけど」とキヨシが言った。

「カメラは別に構わないが、フィルムには何も写らない。この車およびチカムリオに関するものは、写真にも写らなければ、君たちの記憶にもまずもって殆ど残らない。今はまだ”そのとき”ではないからだ。だから、何かに書いておかれると困るのだ。メモをとってあると後で思い出しやすくなるからね。よく、夢を見た直後にメモをとっておくと、再び眠りについても目覚めた後で夢の記憶をたどりやすいといわれるが、それと同じ原理だよ」

そのとき、座席の反対側からキヨシが目配せしてよこした。よく見ると、ズボンのポケットから小さなメモ帳とエンピツを取り出し、3等分しているではないか。僕は何とかおじさんの注意を反らそうと、冷や汗をかきながら必死で考えて質問を続けた。

「あの、どうして外に出たらだめなんですか。空気がないから?」

「いったん外に出たら2度と再び帰ることができなくなるからだ。もう一度言うが、今はまだ”そのとき”ではないのだから」

今はまだそのときではない?では、いつになったら?僕はそのことを尋ねてみたかったが、口に出せなかった。やがて、前方の光が次第に広がってきて、僕たちを乗せた車はその光の中心部に突入していった。目くるめく光の洪水の中へものすごいスピードで。車の外は光の洪水だった。その洪水があっという間に車の中にも流れ込んできた。ただ、不思議と怖さは感じなかった。白くまばゆい光に満ちていたのだが、目は開けていられるような、優しく温かい光だった。

・・・そこから先は夢の世界だったのだろうか?夢の中で僕は、懐かしさのあまり何度も涙を流したような気がする。
 懐かしいって?僕はまだ子供なのに、ずっと以前から知り合っていた人たちと再会した。人?いや、人ではなく、温かく光り輝くもの?そう、そして懐かしい音楽、声・・・。知らないうちに僕は涙を流していたんだ。


それからどのくらい時が経っただろうか。僕たちを乗せた車はいつの間にか元の場所、早朝の公園に戻っていた。

ドアがゆっくりと開き、僕たちはふらふらと外に出た。最後に運転手のおじさんが何か言ったようだが、後で確認したら誰も覚えていなかった。
 やがて車は僕たちの目の前で霧に包まれていき、それが初めて僕たちの前に現れたときと反対に、深い霧の中に消え去った。

あの、低い「ウィーン」という音だけがしばらくの間残っていた。

やがて、あんなに濃かった霧が急に薄れはじめ、見慣れた公園の風景が僕たちの前に広がった。
 反対に、僕たちの記憶は次第にぼやけていき・・・なんだか夢うつつのような状態でそこに立ち尽くしていた。


その後しばらくして、やっと人心地がついた僕たちは、お互いが見たものについて話し合った。
 キヨシの時計を見ると、出発してからわずか数分しか経っていなかった。

「なんだかずいぶん色んなことがあったような気がするんだけど」

「うん。だけど、頭の中がぼうっとして、はっきり思い出せない」

「何かの乗り物に乗ったことは覚えてるんだけど」

「うん、男の人が運転していたっけ」

「3人とも記憶がないなんて変だな。いったい何があったんだろう?何かとってもワクワクすることが起こったような気がするんだけど」

「最初から思い出してみようよ。今のうちにちゃんと思い出しておかないと、きっとこのまま忘れちゃうよ」

僕は良いことを言ったと思った。良いこと?あれ?たしか、前にも同じことを思ったぞ。

「あっ、そうだ、たしか黒くてぴかぴかした・・・」

「タクシー!」

3人が一斉に飛び上がって叫んだ。と、その拍子に、誰かのポケットから紙切れが1枚、ひらひらと落ちた。

「あれ?これは何かのメモだよ、ええと・・・黒いタクシーに乗って・・・タイムマシン?運転手のおじさんの話?未来の自分たちの姿がタクシーの窓ガラスに映る・・・なになに、目的地は、チカ・・・ムリオ・・・チカムリオ?」

「チカムリオ!」

薄れゆく霧の中で3人の声が響き、木霊した・・・。

(続く)


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