見出し画像

とんでもない名作(漫画)に出会ってしまった話〜ひゃくえむ。〜

「チ。」で有名になった魚豊先生の前作。
「チ。」も名作ですが、個人的には本作の方が刺さりました。

主人公は、100m走に抜群の才能を持つ少年トガシ。彼は100mを人よりも速く走れるということだけで人間関係が円滑になること、存在意義を持てることを理解し、才能を武器に高校入学まで全国を制覇しながら年を重ねます。
小学校の時代に突如転校してきた小宮。彼はトガシのような「才能」には恵まれていませんでしたが、走ることに対する執念・執着を持ち合わせていました。

ある夏休みの前日、2人は100mで競争をします。
それまで圧倒的な強さを誇ってきたトガシでしたが、愚直に練習を積み重ねた小宮はついに並走するまで実力が伯仲するようになり、トガシもそれに恐怖心を覚えます。結果は、小宮の疲労骨折によりトガシの勝利で終わりますが、悔しさで涎を垂らしながら泣く小宮の姿が目に焼き付いたのでした。

夏休み後に小宮が九州に引っ越す形で、2人は突然の別れを迎えます。
高校に入学したトガシは、自分の走力の限界に気がつき、陸上からは離れるつもりでした。しかしながら、弱小陸上部のメンバーに触れ、アメフト部の陸上部に対する嫌がらせをみるにつけ、不快感を覚え、自分の「走ること」に対する考え方が徐々に変わっていることに気づきます。

高校卒業後、企業と契約しながら細々と陸上競技を続けるトガシ。
高校時代に気づいた自分の限界が突如広がるわけもなく、毎年契約更新がギリギリな状態。そんな中で、「なぜ自分は走るのか」という問いに向き合わざるを得ないタイミングがやってきます。
全国の猛者、九州でも抜群の成績を残してきた小宮と選手権大会で相見え、決勝で走ることに。なぜ自分は走るのか、に答えを見つけたトガシ、誰よりもストイックに走りと向き合ってきた小宮、それぞれに才能・プライドを持つ有名選手たち。
果たして、勝利は誰の手に・・・というところで物語は終わります。


本作品の見どころは、ストーリーが秀逸なのはもちろんですが、トガシの心理(内面)の描写かと思います。魚豊先生は「チ。」もそうですが、短い言葉で人間の気持ちを的確に表現するのが抜群にうまい。

さて、トガシが直面した「なぜ走るのか?」という問い。
当然ながら、人は必ず死にます。さらに、ある競技に一生を捧げたとしても、1番になれるのは一人だけ。部活動やサークルといった楽しみが目的の場合には競技自体を楽しめばいいわけですが、プロとなると、事情が違ってきます。
勝つことが求められる。
デフォルトで最終的には死ぬことが決定づけられており、さらに苦しんで努力を重ねたところで、1番になれる可能性は天文学的な数字。そんな条件下で多くのプロ選手たちのモチベーションは何なのか、確かに気になるところです。
表面的には、「その競技が好きでより上手くなりたいから」といったような回答も思いつくところですが、「じゃあ上手くなってどうするの?(最終的にどんなに上手くなったって、死ぬのに)」という更なる問いが立てられる。
ただの愛好家には感じ得ない思いもあるのかなと思います。

トガシにとって、100mは「自分の存在を認めてもらうための道具」から「自分の走りを見て何か感じてくれる人が1人でもいてくれればその人のために走る、という利他」を経て最終的には「本気になることによる幸福感」と物語中で答えを模索し、暫定の解でも答えを見つけるたびに一皮剥けていくトガシの成長には心打たれるものがあります。
チクセントミハイのフローの概念を持ち出すまでもなく、没頭できることに出会い、何もかも忘れてそれに没入する瞬間は何より幸せであり、もしかしたらそんな瞬間を経験するために生きている、という面もあるのかもしれませんね。

努力→成長→成果 というシンプルなストーリーも良いですが、自分は本作のような主人公が葛藤し、苦しみまくる系の作品が好きなようです。ドMの証でしょうか。

今年も色々漫画を読んでますが、一番の大ヒットで激しくおススメです!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?