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オピオイド危機とコンサル業界の闇

2020年11月27日、NewYorkTimesにて「McKinsey Proposed Paying Pharmacy Companies Rebates for OxyContin Overdoses」と題する記事が発表されました。こちらの記事は英語ですが、日本語では、12月11日に東洋経済オンラインから「マッキンゼーが加担した「不正」驚愕の全容 大量の中毒死招いたオピオイド販促を後押し」と題してセンセーショナルに報じられました。

コンサル業界に携わる人の中には、「うちのファームは大丈夫か?」と不安を感じた人もいらっしゃるかと思います。かういう私もコンサル業界に携わる身として、「明日は我が身」という気持ちになりました。そこで今回は、「オピオイド危機とコンサル業界の闇」と題し(やや大げさなタイトルではありますが)、今回の問題について私の考えを述べたいと思います。

米国で40万人が死亡したオピオイド危機

まず、今回の問題を考える上では「オピオイド危機(Opioid Crisis/Opioid Epidemic)」を理解する必要があります。

オピオイド危機とは、オピオイド系鎮痛剤の乱用により、米国で多数の死者が出ている問題を指します。

オピオイドとは、ケシから採取した化合物の総称で、鎮痛作用があることから医療機関で使用されています。例えば、オキシコドン(商品名:オキシコンチン)はオピオイド系の鎮痛剤の1つでガン治療で用いられます。ガン治療では、ガンの進行や化学療法などにより慢性的な痛みが伴います。その痛みを和らげるためにオキシコドンが使われます。モルヒネも代表例です。

ガンの痛みを和らげるために、WHOによって、「ガン疼痛治療法」というマニュアルが1986年に発行され、一般の医師の間で普及し、痛みをコントロールできるようになりました。

一方で投与の副作用として、吐き気、眠気、呼吸抑制などがあります。また薬物の依存性があります。オキシコドンなどのオピオイド系鎮痛剤を使用することは合法ですが、マニュアルが一般の医師に広まり、患者の苦痛を和らげることに成功した半面、 米国では「ゲートウェイドラッグ(より強力な麻薬へ手を染める入り口となる薬)」となってしまいました。

その結果、オピオイドの過剰摂取による死者が1996年以降で40万人に達したと言われています。下記グラフはこの問題でよく見かけるグラフです。オピオイドには合成(Synthetic)のものと、半合成(Semi-Synthetic)のものがありますが、下記グラフから分かるように、過剰摂取による死者は増加傾向にあります。

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オピオイド系鎮痛剤の1つであるオキシコドン(商品名:オキシコンチン)を販売していたのが、パーデュー・ファーマという製薬企業です。

1995年にパーデュー・ファーマは「依存性が低く安全である」との触れ込みでオキシコンチンを販売しました。通常、モルヒネなどの鎮痛剤には依存性があるため扱いが難しいですが、「依存性が低い」ということで、わずか5年程度で10億ドルの市場規模になっています。

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出典:https://haklak.com/page_Purdue_OxyContin.html/

オキシコンチンを販売すること自体は違法ではありません。しかし、 これが誤った宣伝行為であるとして、2007年に連邦政府から訴訟を起こされています。約6.3億ドルの賠償金の支払いを命じられ、その後、州政府や個人による訴訟は2,000件以上に上ります。

また、反キックバック法に違反し、販売を促進する見返りとして医師へ金銭を提供していたとされています。

つまり、パデュー・ファーマは「依存性が低い」と言って販売した上に、反トラスト法に反する販売方法を取ったために、法に抵触する行為を行っていました。また、この行為が一因となってオピオイド危機を招いた、というところに問題があります。

マッキンゼーの何が問題だったのか

こうした販売行為を行っていたパーデュー・ファーマに対して、販売促進のためのコンサルティングを行っていたのがマッキンゼーです。マッキンゼーが今回批判を浴びることとなった理由は2つあると思います。

1つ目は、オピオイド危機が米国で問題になっていたにもかかわらず、販売促進のためのコンサルティングを行っていたことです。

記事によると「2017年にプレゼンテーションを行った」とあるので、少なくとも2017年にコンサルティングを行ったものと推測できます。2007年にはパーデュー・ファーマは連邦政府から訴訟を起こされており、その後もオピオイドの過剰摂取による死者の増加が社会問題となっていました。そのような社会問題を助長するかのようなコンサルティングを行っていたということが批判を浴びることとなった1つです。

2つ目は、マッキンゼーのダイレクターが2018年に証拠隠滅を図ったとみられるメールのやり取りが見つかったことです。実際に証拠隠滅を行ったのかは定かではありませんが、仮に証拠隠滅を行ったのであれば非常に悪質であると言えます。

では、マッキンゼーでなぜこのような問題が発生したのでしょうか。2020年12月5日にマッキンゼーのHPにて本件に関する声明が発表されましたが、社内調査中であるとして詳しい原因までは明らかにされていません。

 案件の開始に当たっては通常、案件審査がなされるので、案件審査でリスクを検知し、案件に「待った」をかけることできなかったと考えられます。
詳しい原因は発表されていないので、ここからは私の仮説になりますが、本件の問題の原因は大きく3つ考えられると思います。

1つ目は、法務やリスク管理部門の案件審査の観点に偏りがあったのではないかというものです。

案件審査時には法務やリスク管理部門が審査の一旦を担います。その際に審査を行う観点に偏りがあった可能性があります。例えば法務は契約書に法的な不備が無いかのみをチェックしていたり、リスク管理部門は案件のプロジェクトオーナーが提示したリスクのみに基づいて審査を行っていたのかもしれません。

クライアントの属する業界や案件に詳しいのはプロジェクトオーナーですので、法務やリスク管理部門は、スコープを「絞って」リスク評価をしていたのかもしれません。

2つ目は、ファーム内でのバックオフィス部門の力が弱く、案件の開始を阻止できなかったのではないかというものです。

 企業には、本部が強い企業と、現場が強い企業の2つがあります。コンサルティング業界は押しなべて現場が強い業界です。案件の獲得やデリバリーを各コンサルティング部門が担っており、各案件のプロジェクト管理・収益管理もコンサルタントが担っています。クライアントや案件の実情を現場が一番理解しており、クライアントや案件に直接携わることが無いバックオフィスは力が弱い傾向にあります。そのため、法務やリスク管理部門がパーデュー・ファーマの案件に対してリスクを正しく認識していたとしても、案件の開始を阻止することまではできなかったのかもしれません。

3つ目は、各コンサルティング部門の独立性が高く、案件の開始を阻止できなかったのではないかというものです。

 案件のリスク評価を行う場合は、通常、リスク管理部門やCEO・取締役会(重要な案件の場合)などが案件リスクを評価し、案件の開始を承認します。しかしながらコンサルティング業界は往々にして「自営業的」に各パートナー、ダイレクターが在籍していることが多く、各コンサルティング部門の独立性が高いです。そのため、案件のリスクを厳しく評価し、各コンサルティング部門に口出しすることができなかったのかもしれません。

実際の原因はマッキンゼーから発表はされていませんが、いずれのコンサルファームにおいても発生し得る問題であると思います。そのため、各コンサルファームでは案件審査の方法を点検し、不備があれば改善するということが必要です。

コンサル業界はどうすべきか

対応策として考えられる1つ目は、法務やリスク管理部門による案件審査手順の強化です。今回の一件では、パーデュー・ファーマを取り巻く訴訟や社会問題を調べれば事前にリスクを検知することが可能です。仮にこれらを法務やリスク管理部門で担っていなかったのであれば、プロジェクトオーナー任せにせずに独自にリスクを調べ上げていくことが必要だと思います。

原因として考えられる2つ目、3つ目への対処は根深い問題であり、難しいものがありますが、マネジメント層によるリーダーシップが必要不可欠だと思います。

内部統制をきかせるためには「制度を整備すればそれで終わり」というわけにはいきません。

例えば東芝は、大手製造業の中ではいち早く「指名委員会等設置会社」の制度を導入し、内部統制の先進的企業と考えられていました。しかしながら、経営トップは「チャレンジ」と称して、業績向上のために現場に無理を強いてしまった結果、不正会計が横行する企業体質となってしまい、2015年には不正会計問題が明るみとなりました。

「仏作って魂入れず」と言いますが、制度を作るだけではダメで、トップやマネジメント層によるリーダーシップが不可欠です。コンサルファームが今回の問題を受け止め、今後同様の問題を起こさないためにも、強いリーダーシップの発揮が必要と考えます。

おわりに

今回の一件では、マッキンゼーの多くのコンサルタントはショックを受けたでしょうし、実際に案件に携わったジュニアたちは内心複雑な感情を抱えながらコンサルティングを行ったことと思います。

近年、各コンサルファームは、SDGsやESGといった社会課題解決に向けた取り組みを行っています。例えばPwCではサステナビリティ経営支援サービスを打ち出していますし、「PwC SDG Reporting Challenge」と題したレポートを発表しています。また、アビームコンサルティングでは「Digital ESG」というサービスを展開し、エーザイ社のESGに向けた取り組みを支援しています。

コンサル業界は社会課題解決に向けた取り組みを世の中から求められていることもあり、より一層、各案件が世の中に与える影響に対して厳しい目が向けられていくこととなると思います。今回の一件は「対岸の火事」では無く、各ファームが自分ゴトとして捉えて対応していくべき事案だと考えます。


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