先生 いつも 見送ってくれたこと 忘れません✨


じゅんママと まなの 二人三脚で

jun-mana です。



今日は、あの 情緒障害児教室の 最後の

記事です。

しかし、何回 言っても、このネーミング

嫌やな~。

センスないですよね !



では。



まなが、情緒障害児教室に 初めて行った時、

あの発達のテストの結果を りんご🍎のような

トトロのような先生に見せた。


先生は、すぐに言った。

発達障害やな~。

特徴が、よく出てるわ。



そして、情緒障害児教室は、過去2回の

記事で書いたような 日々を送った。


その頃、私は、右上腕骨骨折の第1回目の

オペから、3年が過ぎようとしていた。

初めのオペで、骨の中に入れていた26センチ

もある 長いチタンを抜く 2回目のオペを

するかしないか、選択しなければならなかった。

( 骨折については、以前の記事に 詳しく

書いてます )


絶対に それを取らないといけない!と

いうわけではなかったが、抜いたほうが

いいだろうと、ドクターは言っていた。


実際、満員電車などで、学生達の肩に

かけてるカバンなどが、当たったときは

すごく痛かった。


肩のなかに、釘が横に入ってチタンを

止めていたので、その肩に当たるわけで

ある。

それから、長いチタンは、結構 重い感じ

もあった。


ドクターは、言った。

これ以上、オペのばしたら、取れなくなる

から、最後のチャンスやで ! と。



そっか…。


その頃も、両親の介護、まなのこと、長女の

こと、毎日がいっぱいいっぱいだった。


特に、まなは、強烈な不安の 真っ最中で


ママ、行かないで …


と、ずっと 泣いていた。


たぶん、みなさんが 想像できないくらいの

不安状態。


私は、喉まで出かけていた。


そんなに、不安なら もう オペ やめるわ

と。


何回も何回も、その言葉をのみこんだ。


いや、私自身も 大切にしたい。

それに、中にチタンや釘がないほうが

いろいろと都合がいい。


私は、決心した。


2回目のオペしよう!


りんご🍎の ような、トトロのような

先生に 相談した。


先生は、まなに、話した。

でも、まなは、半分パニックになって、

先生は、めずらしく、神妙な顔をした。


先生は、師匠と崇めている精神科の

ドクターに、まなを 紹介すると言った。



かなり、高齢のドクター。


受付も、薬の調合も、会計も全部

自分でされていた。


診察室。


椅子に座った まなに、言った。

は~い、目を閉じて 両手を上げて~。


目に光を 当てたりもした。


診察は、以上 !


それだけ ?

大丈夫 ?

と、思った。


そして、ドクターが 調合した 粉薬が出された。


薬を もらうとき、私は、聞いた。


先生、この薬は 何て言う薬ですか?



あ~、お母さん、気にしない 気にしない。


先生、一応、教えていただけませんか?


2回 聞いたが、教えてもらえなかった。


なんで?


帰宅後、小児科に行く用事が出来て

しまったので、やっぱり、電話をした。

小児科で、飲んでる 薬を 聞かれるだろう

と思ったし、一応、飲み合わせも気になる。


ちょっと 勇気がいったが、電話した。


先生、すみません。

小児科にいく用事が 出来たので、念のため

お薬の名前、教えていただきたいのですが。


ドクターは、言った。

小児科の医者が、知りたいと言ったら、

その医者から、電話させて。


とうとう、最後まで 教えてはもらえなかった

のであった。


もしかして、小麦粉かなんか??

教えるほどのものでは ない ! という

ことか?


いまだに、不思議 。



その 薬が 聞いたかどうかは ??では

あるが、2回目のオペは、無事、終わった。


抜くだけのオペではあったが、あとで

執刀医から 聞かされた。

3年もたってるから、抜けにくく、オペの

途中で、迷ったそうだ。


ほんと、ラストチャンスだったのね。


心身ともに、疲れがたまりすぎて、看護師

に 聞いてみた。


もし、できるなら、あと、1日だけ

入院させてもらえませんか ? と。



問題のまなと言うと、なんと、3日間、

めちゃめちゃ がんばったのであった。

自分で、お弁当も作り、情緒障害児教室に

行ったし、いろいろ こなしたのだ。


料理は、まなが、調子のいいときに、

卵焼きやら、魚の煮付け、お味噌汁など

ちょこちょこ教えていたので、出来たのだ。


まな~、できるんやったら、もっと

スムーズに オペさせてよ~。

もう、へとへとになって、入院したから

疲れたわ。と、私の心の声。


ただし、まなが、がんばれたのは、3日間。

後、疲れきって 休んだ。



そんなこんなで、ひとつひとつ、大変だ。


そんなある日。


りんご🍎のような、トトロのような、先生は

言ったのだ。


精神科の先生、まなちゃん、発達障害

じゃないよ!って。


ちなみに、何人ものドクターに会ってきたが、

まなを 発達障害ではない ?と言ったのは

後にも先にも、このドクターだけ。


あの 例の 診察の後のことだ。


りんご🍎のような、トトロのような 先生は、

あの ドクターを、師匠と崇めて信頼して

いるのは、わかる。


でも、先生、教室に来て、発達のテスト結果

見た時、確信もって、言ったよね?


発達障害だって。


私は、発達障害が どうのこうのというより、

いくら 信頼してるドクターといえども、

手のひら かえしたように、ちがうことを

言うのって、どうよ ??



3回に渡って、情緒障害児教室の様子を

書きました。


でもね、りんご🍎のような、トトロのような

先生。

いつも、私たちが 帰る時は 、不自由なからだ

で、見えなくなるまで、ずっと、見送って

くれましたよね。

あの姿は、いまでも、忘れません。


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