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アンフィニッシュト

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サンデー毎日で連載中の新作『アンフィニッシュト』を1話からnoteでも無料掲載中! 毎週月曜・木曜日に定期更新しています。
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2017年10月の記事一覧

アンフィニッシュト 33-1

アンフィニッシュト 33-1

 前方にいる田丸がメンバーに何事かを指示すると、小さな箱とお茶が配られ始めた。サンドイッチのようだ。

 その箱を受け取った乗客は、縛られたままの手で不自由そうにサンドイッチを頰張っている。

それを見ていると、琢磨もこれまで全く感じなかった空腹を強く感じた。

 やがて琢磨と岡田にもサンドイッチが配られ、鳴り始めた腹を落ち着かせることができた。

 岡田は「やれやれ」といった様子で、もぐもぐと咀

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アンフィニッシュト 32-3

アンフィニッシュト 32-3



 着陸の衝撃は思ったよりも大きかった。

 メンバーは立ったままだったので、思わず転倒しかけた者もいたが、それぞれ何かに摑まって事なきを得た。

 管制塔の誘導に従い、さど号は一番北側のスポットに駐機した。

 窓の外には警察車両なども散見され、緊迫した空気が伝わってくる。

 前方から、「ブラインドを下ろせ」という声が聞こえてきた。

 前の乗客からブラインドを閉め始める。これにより琢磨た

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アンフィニッシュト 32-1

アンフィニッシュト 32-1

前方の席に座っていた田丸は、立ち上がると機内を見渡した。

――合図だ!

もはや後戻りはできない。横山が何を考えているのかは分からないが、ハイジャックは実行に移された。

メンバーが田丸に続いて立ち上がる。

――仕方がない。行くぞ!

腹に力を入れると、琢磨もそれに続いた。

前方に座っていた何人かが、コックピットの方に向かう。衝立(ついたて)のような仕切りがあって見えないが、田丸は前方のギャ

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アンフィニッシュト 31-2

アンフィニッシュト 31-2

「さど号」は満席だった。

 ボーイング727は、客室中央の通路を挟んで、左右に客席が三つずつ並んでいる。つまり一列で六人が座れる。それがほぼ満席になっている。

 ――優に百三十人は乗っているな。

 琢磨は、事前に田丸から見せられていた機内の情報から、即座にそれを計算した。

 ――これだけの命が危険に晒されるのだ。

 琢磨は責任の重さを痛感した。

 だが赤軍派の持っている武器は、モデルガ

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アンフィニッシュト 31-1

アンフィニッシュト 31-1



 昭和四十五年三月三十一日の羽田空港は、快晴だが寒い朝を迎えていた。

京浜急行を乗り継いで羽田に着くと、ロビーは人でごった返していた。明日から新たな勤務地に赴任する人が多いらしく、背広姿のビジネスマンが目立つ。

 コートを着た琢磨は、いかにも理工学部の学生風に図面用の丸筒を小脇に抱え、速くも遅くもない速度で搭乗手続きカウンターに向かった。横目で探らずとも、実行メンバーの一人は確認できた。

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アンフィニッシュト 30-2

アンフィニッシュト 30-2

「失踪したのでないとしたら、あの簡宿にいた可能性もあります」

 野崎が反論する。

「やはり早計じゃないかな。石山が何かの賭けに負けて、ライターを取られたとも考えられる」

「父親の形見を、賭けの場に出しますかね」

 今度は島田が言う。

「例えば――、盗まれたことだって考えられるだろう」

「肌身離さず持っていたものですよ」

「でも酒を飲んでいる時など、テーブルの上に置くだろう。煙草を吸う

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アンフィニッシュト 30-1

アンフィニッシュト 30-1



 翌日、玉井勝也の選挙事務所に電話すると、玉井は不在だったが、スタッフが取り次いでくれるという。その後、雑務をこなしていると、一時間ほどして玉井から電話があった。

「玉井ですが、何か」

 その声音には、あきらかに警戒の色が漂っていた。

「お電話いただき、ありがとうございます」

 すでに事務所から伝わっているはずだが、寺島は明るい声で所属と名前を名乗った。顔が見えない電話の場合、声音や

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