認知症の方と運転
今日のポイント
医師の立場からみた認知症による運転卒業
認知症で運転をやめる事になると現実的、心理的な問題が生じうる
予め「いつ頃、どうなったら運転をやめるのか」家族で相談しておく
本文
先日、おすすめに挙がっていた [高齢ドライバーと認知症] という note 記事を拝読しました。家族が認知症と診断され運転を卒業した経緯や思いについて執筆されており、拝読できて大変良かったと感じました。
今回は認知症の方と運転について、私の経験からお話しします。
私は数年前に京都府の北部で脳神経内科の外来を担当していたことがあります。京都といっても京都市内と北部では全く状況は異なり、北部では車がないとそもそも生活が成り立たない場合が少なくありません。そのような環境で生活しておられる方が、免許更新時に認知症のテストに引っかかったのでみて欲しい、と家族さんと共に受診されることが度々ありました。
ここでいう認知症のテストとは、75歳以上の方が運転免許更新される際に義務づけられている認知機能検査のことです。テストの点が悪いと「認知症のおそれあり」と判定され、免許の更新に医師の診断書が必要となります。
「認知機能は低下していません」という主旨の診断書を求めて私の外来を受診されるわけです。しかし、このような経緯で私の外来を受診された方は一人として例に漏れず、実際に認知機能が低下していました。
そうして、私たち医師は認知症と診断した患者さんに「運転をやめましょう」とお話しすることになります。心苦しいですが、それが社会が医師に求めている役割であると考えて、お話ししています。
家族は「本人に運転をやめさせた方が良いのだろう」と考えている事が多いので、家族に協力してもらい話を進めるのが常です。本人の納得が得られない場合は、もし誰かを傷つけてしまったら残りの人生全てを賭けても償うことなどできないし、社会から家族共々大変な非難を浴びることになる、といった話をすることもあります。
「今も病院まで運転してきたけど、帰りは運転するなということか」
「車がないと買い物にも行けない。どうしたら良いのか?」
「バスもタクシーも現実的じゃない山奥で、運転をやめるのは無理です」
ご本人やご家族の仰ることには一理あり、車がなくても生活に不自由しない地域ならまだしも、自家用車がなくなると日常生活に支障をきたす地域では現実的にどうすれば良いのかという課題が残されています。
「これまで事故も起こしていないのに、運転できなくなるのはおかしい」
「みんなでわしを年寄り扱いして、車を取り上げようとしている」
「夫婦で車で遠出するのが生き甲斐なんです。何とかなりませんか」
このように仰る方もおられます。運転をやめさせられるといった受動的に生活を制限されるような状況ではネガティブな感情が生じやすいです。心理面に注意してお話を進める必要があります。
ある種、引導を渡す役割を務める私たち医師にできることは、多くはありません。どれほど意味があるのか分かりませんが、私は、免許返納を決心された患者さんへ「これまで大きな事故もおこさず、無事運転を卒業されるのだからとても素晴らしいことです。胸を張ってください」「返納を決断されたのは社会に生きる一個人として、とても立派なご判断だと思います」などご本人の様子を見ながら、お話しするようにしています。
認知症が原因とは限らず、私たちの両親あるいは私たち自身も、いずれ必ず運転を卒業する日が来るでしょう。私は、元気なうちに「いつ頃、どうなったら運転を卒業するのか」「運転を卒業した後の生活はどうすれば良いのか」を家族で予め相談しておくのが良い、と考えています。機会をみて軽く、話題にしてみるのはいかがでしょうか。