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移動喫茶店『喫茶Chimney』。風景も味わえる自家焙煎珈琲、おくどで炊いたご飯とスパイスカレー 【岡山県津山市】

「珈琲」。この漢字のあて字を作ったのが、津山藩(現:岡山県津山市)の医師であり洋学者の宇多川榕菴(うだがわ・ようあん)と言われている。西洋からもたらされた医学書や化学書などの翻訳を行い、それまで日本になかった「酸素」「水素」などの言葉を生み出し、日本の近代科学の発展に大きく貢献した人物。今から200年ほど前のことである。

そんな珈琲にゆかりのある岡山県津山市を拠点に、自家焙煎珈琲とスパイスカレーの移動喫茶店を営んでいるのが『喫茶Chimney』だ。今年で8年目を迎える。

珈琲豆の景色を自分の目で見たい

「君、だいぶ、いかれとるな〜!」
場所は、インドネシア。『喫茶Chimney』の店主が、インドネシアに駐在して30年になる日本の商社の敏腕マネージャーに、初めて出会った日に言われた言葉だ。

山の上まで、見渡す限りの珈琲畑。話せる英語は、「センキュー!と、プリーズ!」ぐらい。身ぶり手ぶりのジェスチャーと熱意で、現地の珈琲農園で働いている人に話しかける。日本から年季の入った自転車を持参しての一人旅。リュックを背負い、古着の帽子と服を身に纏った髭面の男。それが、『喫茶Chimney』の店主・川口卓也だ。

店主は、自分の店で使用している珈琲豆が、どのような風景の場所で栽培され、どのような人たちを通って自分の手元に届くのかを、自分の目で見るために、珈琲豆の産地を旅していた。

現在までに、インドネシア、イエメン、ガテマラ、コロンビア、エクアドル、エチオピアの6カ国を訪問した。農園に入って、収穫の手伝いや剪定などをさせてもらえることもあったと言う。

冒頭の言葉が発せられた日 。店主は、自身のお店で使っている珈琲豆の袋に表記されている会社の前にいた。地図を頼りに、自転車でその土地の風景を楽しみながら着いたそこは、高い塀に四方を囲まれ、門には監守がいる立派な建物だった。もちろん、アポも、コネも、ない。日本語まじりの片言の英語と熱意で、門に立っている監守に、「中を見せてほしい」と伝えたが、あっさり断られた。次の日も、また次の日も、通った。1週間が経過した、帰国する前日のことだった。熱意が伝わったのか、ついに会社の中に入れてもらえることになった。テレビでしか見たこともないような、立派な応接室に通され、ニコニコしているアジア系の男性と軽い挨拶を交わした。

すると、日本人の男性が、大慌てで、息を切らしてきた。
その会社に頻繁に出入りしている、取引先の商社のマネージャーらしい。

「君は何をしているんだ!?なんでここに入っているんだ!?」と、言われた。
どうやら、その会社は、インドネシアの貿易会社で上位に入る会社だったらしく、店主に温かい笑顔を向けてくれていた人は、その会社の副社長だと知る。

その商社のマネージャーに、「自分の使っている珈琲豆がどうやって自分の手元に入ってくるのか、自分の目で見たくて来ました」と伝えた所、理解を示してくれた。そのまま会社の中を案内してくれて、その日の夜には、食事にも連れて行ってくれた。
そこで、「30年間この仕事をしているけど、アポなしであの会社に入って来た人は初めて見たよ。君、だいぶ、いかれとるな〜!」と、冗談混じりに笑いながら言われることとなる。そして、その商社のマネージャーは、正月の5日間だけ日本に帰国する以外の360日、毎日、珈琲農園を見ていると言う話を聞いた。

「それまでは、珈琲豆を現地の農園と直接取引することも考えていたんです。でも、本当に美味しい珈琲豆を作っている農園と言うのは、毎日、毎日、珈琲農園を見ている方でないと分からないと気付かされました。その時に、珈琲豆の仕入れに関しては、現地のことを熟知していて、信頼のおける方に任せようと、決めました」。

どこにでも、あなたの側に喫茶店

年季の入った、1台の軽トラック。モスグリーンの幌が覆い被された荷台からは煙突が。運転席の上部には、ソーラーパネルが搭載されている。店主が、店内の骨組みの溶接もしたという移動喫茶店の車体。深いブラウンに塗られた、廃材を利用して作られたカウンター。昭和の時代によく目にしていた、ネズミ色の事務椅子。ぎしっと音をさせて椅子に腰掛けると、目の前には、サブカルチャーを中心とした古本が整然と本棚に並んでいる。
ちょうど軽トラックの荷台幅の天板の向こう側に、店主の姿が見える。

移動販売の形にしたのは、非日常を感じられる空間を、どんな場所でも楽しめるといいなと思ったから。

「綺麗な景色の山の上で営業したこともあるんですよ。ただ、珈琲ミルを稼働するのに、どうしても電気を使う必要があって。発電機だとウィーンっという音がするので、せっかくの綺麗な景色の邪魔をしたくないなと思っていて、音のしないソーラーパネルを乗せて発電しています」。

おくどで炊いたご飯とスパイスカレー

移動喫茶店のカウンター越しに、おくど(※かまど)があることに気付く。

「初めておくどのご飯を食べた時に、ご飯のうまさが全然違うことに感動して。ご飯を、一番、美味しく炊くことが出来るのが、おくどだと思ったので使用しています。ただ、炊いている間は、ずっと目を離さず、火力の調整をする必要があるので、焦がしてしまったことも何度もありますよ」。

おくどで炊いたご飯は、カレーに合うように、高火力で炊いて水分を飛ばしたシャッキリしたご飯に仕上げている。炊き上がったご飯は、一粒一粒が立ち上がり、ツヤツヤ。カレーに使用するお米は、水分量が少なくカレーのご飯に適しているあきたこまちを使用。

この日のカレーは、青唐辛子の爽やかな辛さがやみつきになる『グリーンカレー(税込1,000円)』。筍が入っていて、筍のシャキシャキ感がたまらない。店主の気まぐれで日によってメニューは入れ替わり、仕込みに2日間かけて、独自の配合のスパイスを効かせた『チキンカレー(税込1,000円)』なども味わえる。

深煎りなのにスッキリした飲みごごちの珈琲

現地の風景を思い浮かべつつ、店主自ら豆を焙煎する。愛着を持って手入れされているのが伝わってくるステンレスのケトル。ケトルの細いノズルの先端から、一定の量で珈琲の粉にお湯が注がれると、珈琲の粉が、もこもこと膨らむ。と同時に、珈琲のいい香りが漂う。コーヒードームと呼ばれるその膨らみは、焙煎した珈琲の粉が新鮮な証拠なのだとか。

深煎りなのにスッキリ。淹れ方から道具から、店主の理想の珈琲の味を再現するためにとことん追求していると言う。

店主に淹れてもらった珈琲を一口飲むと、深い味わいが口の中に広がる。深煎り特有の苦みは、喉を通るまでに消える。そして、珈琲豆の産地特有のフレーバーが、後味としてかえってくる。店主が珈琲の産地で見た風景が、目の前に広がったような気がした。


【店舗情報】喫茶Chimney(チムニー)

岡山県北を中心に営業する「カウンターを運ぶ」移動喫茶店
【営業場所・時間】
月・火・土・日曜→津山市山下46-19の店舗「喫茶曲がり」にて11:00〜22:00(LO21:30)
金曜→岡山市内や、津山市内の商店街にて11:00 ~22:00(LO21:30)
※イベント出店などにより営業場所が変わる場合があります。
詳細はInstagram「喫茶Chimney」にてご確認ください。https://instagram.com/kissa.chimney?igshid=MzRlODBiNWFlZA==


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