夏の音を奏でる。風鈴作り #18
暑い日が続いている。しかし東京でオフィスワークをしていると、ただクーラーの効いた部屋で一日過ごすだけで、夏らしさを感じる瞬間はあまりなかった。
こんな時は昔ながらの方法で涼を感じて、夏を満喫しよう。そう思ったわたしは「風鈴作り」と「江戸切子」を体験することにした。
風鈴の音に耳を傾けながら、切子模様のグラスでジュースを飲む。ああ、なんと風流なのだろう。
まず向かったのは御徒町にある風鈴屋。お店の存在は会社の友達が教えてくれた。
店頭にはいくつもの風鈴が飾られており、ときおり「りん」と鳴った。
お店の中に入ってスタッフに声をかけると、工房に案内される。
工房はこぢんまりとしており、ごうごうと燃える窯が一つあるだけだった。いかにも「昔ながらの町工房」という光景だ。
壁には自筆で書かれた紙が貼られており、こんなことが書かれていた。
「世界で一番良い風鈴を作ると心で念じて吹いてください」
講師の人は白髪の大柄な職人である。
レッスンが始まったかと思うと、彼はいきなりわたしにガラス棒を渡した。ガラス棒の先にはドロドロに溶けたガラスが巻かれている。
「これを吹いて、ガラスを膨らませてみてください」
説明なし、ぶっつけ本番のレッスンである。しかしここで困惑する自分ではない。
わたしは大きく息を吸うと、ガラス棒に思い切り息を吹きこんだ。
パァーン!
破裂音と共にガラスは砕け散った。飛び散ったガラスがダイヤのように輝く中、わたしは呆然としていた。
「ね? 難しいでしょう」
と講師の人は笑った。どうやら風鈴を作るには、絶妙な吹き加減が必要らしい。
わたしは何度かチャレンジしてみたが、なかなか風鈴のように丸く膨らませることができなかった。
うまく膨らませるには「強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減で息を吹く」という熟練の技が必要なのだ。講師の人によると、この作業を極めるだけでも3年の年月がかかるという。
3回目のチャレンジでようやくガラスは丸く膨らんだ。この部分は「鳴り口」といって、風鈴の音を鳴らす部分になるという。
職人は鳴り口の上にさらに溶けたガラ出来上がりスを巻き取ると、もう一度吹くように言った。言われた通りにすると、ガラスは見慣れた風鈴の形に近づいた。
続いて講師の人が鉄の棒で風鈴に穴を開ける。
最後にもう一度膨らませ、鳴り口の部分のガラスを切り落とせば風鈴の出来上がりである。
できたての風鈴を持って工房の2階に行くと、絵や文字を入れる「絵付け」の作業を行った。
水彩絵の具で風鈴に絵を描く作業は、子供の頃の図工の授業を思い出す。絵は風鈴の表面ではなく裏面に描くため、ある程度の器用さを要した。
わたしは何を描こうか迷った挙句、「涼」と「夏」という文字を書いた。まったく身もふたもないデザインだ。
最後に音を鳴らすための「振り管」を付けてもらい、風鈴の完成。
さっそく鳴らしてみると、「リリン」と楽しそうな音がする。少しおもちゃっぽくて、かわいらしい音色だ。
本当は「りーん……」と余韻を残すような重厚な音が欲しかったのだが、そういう音はどうやったら出せるのだろう。
風鈴の音はどこか懐かしい響きである。これがあればいつでも夏の風情を楽しめそうだ。
別の日、わたしは江戸切子を体験しに浅草へ向かう。教室は浅草駅から徒歩数分の場所にあった。
江戸切子はカットグラスの一種である。ガラスを削って模様を入れる、江戸時代からの伝統を持つ技法だ。
まずは切子模様を入れるグラスを選ぶ。グラスは青や赤などの色が入ったものと、透明のものがある。わたしは透明なグラスをチョイスした。
次はグラインダーを使って線を引く練習をする。
くるくると回転する刃にグラスを押し付けて模様を入れるのだが、ガラスが割れてしまわないかとつい及び腰になってしまった。
それでも練習している内に力加減が理解でき、割れることを恐れずに線を引けるようになった。
削ったグラスはシャープな線になる。この線を組み合わせるだけで「菊」や「矢来」など、和の風情あふれるデザインを生み出すことができるのだ。
そして本番。まずはペンでグラスに下絵を描く。わたしは縦に短い線をグラスにちりばめた。ある光景を表現したいのだが、うまくできるだろうか。
下絵が描けたらグラインダーで線を削っていく。一回削っただけの線は、細くて深みもない。
しかし何度も削っていくうちに、太くて厚みのある、どっしりした線が引けるようになる。納得した線が描けるようになるまで、わたしは繰り返しグラスを削った。
あとはひたすら下絵に沿って線を削る。作業はシンプルなのにやってみると奥深くて、まったく飽きる気配がなかった。
作業を始めて1時間後、江戸切子が完成した。
完成したグラスはスタッフの人が洗って研磨剤にかけてくれる。
手渡されたグラスは想像以上の完成度で、初めて作ったとは思えないクオリティだった。
たくさんの縦線が入ったグラスは、風に舞い上がる葉をイメージした作品だ。太くて厚みのある線がいきいきとした葉を演出しており、躍動感にあふれている。
また、切子模様のグラスは高級感にあふれていた。カットした断面が光を反射して重厚な光を放っている。
お店には撮影スペースが用意されていた。黒い布を背景にスポットライトが当てたスペースで、切子のデザインがより鮮明に写るようになっているのだ。わたしは持参したカメラで何枚も撮影した。
完成した江戸切子を家に持ち帰ると、オレンジジュースを注ぐ。ジュースの色が葉の模様を浮き立たせて、立体感のあるデザインを楽しめた。
さぁ、役者はそろった。わたしは江戸切子のグラスを片手に、窓辺に風鈴を飾り付けると、風を待ち受けた。
都内の住宅街はほぼ無風で風鈴はまったく動かない。それでもわたしは辛抱強く風を待った。
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