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冬の美ヶ原高原・スノーカイト(#45)

標高2,000m、酷寒の世界へ

2019年の冬。わたしは「スノーカイト」というウィンタースポーツを体験するため、長野県にある「美ヶ原高原」に向かいました。

「下諏訪駅」で新幹線を降りると、そこから宿泊先の送迎バスに乗って高原へ。

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山道に入ったところでバスは停車し、チェーン着用のバスに乗り換え。そのままぐんぐんと山を登って行きます。

下諏訪駅を出発してから1時間。
気がつけばバスは白銀の世界を走っていました。

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外は吹雪が舞い上がり、雪以外は何も見えない状態。サバイバル映画に出てきそうな過酷な環境に、思わずワクワクしてきます。

送迎バスは「美ヶ原高原ホテル山本小屋」に到着。わたしはこれから3日間、この小屋に滞在する予定です。

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雪景色の中で堂々と建つホテルはとても頼もしく見えました。このホテルがないと、この世界じゃ1日も生きれないだろうな……

「こんにちは、スノーカイト体験参加者のせいじです」
ロビーには「X-FLY」のインストラクターの松永さんがいたのでご挨拶。
「X-FLY」はスノーカイトやカイトボードなどの販売・講習会などを行っている会社です。

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松永さんは見た目も若々しく、エネルギッシュな男性でした。

「明日のレッスンなんだけど、明日は風のコンディションが悪そうなんだよね。よかったら、今からレッスンを受けていかない?」

松永さんの提案で、今からスノーカイトのレッスンを受けることに。

そこで、わたしはホテルの部屋に荷物を預けると、ホテルの近くにあるゲレンデへ向かいます。

ゲレンデに出た瞬間、雪質のよさにびっくりしました。

雪はすべてふっかふかのパウダースノー。粉砂糖みたいにやわらかくて、サラサラとした質感がします。これはスキーヤーが大歓喜するレベルだな!

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そしてゲレンデに到着。

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ゲレンデではカイト(凧)を操作して、スキー・スノーボードを走らせている人たちがいました。

あちこちでカラフルなカイトがふわふわしている光景は、まるでお祭りのような賑やかさです。

スノーカイトが走る姿は、まるで雪上サーフィンのよう!自分は3日間でどこまでいけるかな。

スノーカイトの練習方法

スノーカイトはカイトの推進力を使って、スキー・スノボを走らせるアクティビティです。

まず、わたしはお腹にハーネスを装着しました。続いてハーネスにカイトを装着すれば準備完了。(『進撃の巨人』の立体機動装置みたいなイメージ)

「じゃあ、まずはカイトを膨らませてみて」

わたしがカイトを持って後ろに歩くと、カイトが風を受けて膨らみ始めました。

風を受けたカイトの力は強く、全身が引っ張られてしまうほど。巨大な凧を上げて、その衝撃を体で受け止めるのだから当然です。

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カイトにうまく風を集めるコツは「8の字」をキレイに描くことなのだそう。

カイトを何度かふくらませる練習をしたところで、今日のレッスンは終了です。

ホテルを探検しよう!

レッスンが終わると、わたしはウキウキでホテルの中を探検することに。

「標高2000m、雪に閉ざされた山小屋」なんて、冒険心が刺激される環境です。まるで初めて旅行にでかけた小学生みたいに、わたしは館内を歩き回りました。

こちらはロビー。

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続いて客室。

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客室は昔ながらの旅館のようなつくり。中央に置かれたこたつが懐かしいです。

それにしても、この部屋メチャクチャ寒い! ジャケットを着ていても寒いし、部屋の中でも息が白くなるほどです。

「窓も凍っちゃってるよ……」

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別に開ける必要はないけれど、窓は凍りついていて開きません。冷蔵庫の方がまだ暖かいかも……

すぐにストーブを点けたけど、しばらくすると「換気をしてください」というエラーメッセージが出て火が消えてしまいます。頼むよ、ストーブがないと凍死しちゃう!

困ったわたしはロビーに行きました。ロビーには暖炉があって、誰でも炎に当たれるのです。

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暖炉のそばに座ると……ああ、温かい!
暖炉はまるで小さな太陽です。ほのかな熱が全身を包み込み、木漏れ日の中にいるような気分。

パチパチと薪の燃える音を聞きながらくつろいでいると、あまりの心地よさに眠ってしまいそうになりました。

「もうずっと暖炉のそばにいよう」
こうしてわたしはホテルの一番のお気に入りの場所を見つけたのでした。

ホテルにいる間、暇な時は東野幸治の「雪煙チェイス」を読んでいました。
スキーゲレンデを舞台にした追跡劇なのだけれど、雪山で読むと段違いで面白い!

たのしい晩ごはん(1日目)

晩ごはんの時間になりました。

この日のメインは雉鍋。身が厚くて食べごたえがあります。今日は結構運動したため、箸が止まりませんでした。

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ちなみにこの日はオーストラリアから来た女性が同席していました。

彼女は普段はカイトサーフィンというスポーツをやっていて、今回初めてスノーカイトを体験したのだそう。

食堂には団体客が宿泊していました。彼らはモンベルが主催するスノーシューの団体客なのだそう。

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「明日は鳥取からスノーカイトやりに来る人がいるんだよ。しかも日帰りだってさ」
と松永さん。

知らなかった。冬の高原にも、こんなにたくさんの人が集うのですね。

ウクレレナイト

夕食後。わたしは暖炉のそばでうたたねをするという、隠居した老人のような過ごし方をしていました。

ふと、オーナー?とメガネの女性スタッフがウクレレを持ってやってきました。それに合わせて数人の宿泊客も集まってきます。

「お客さんもウクレレナイトに参加ですか?」

どうやらウクレレを使ったイベントが開かれるよう。面白そうなので参加してみることにしました。

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イベントではスタッフの演奏するウクレレに合わせて、みんなで歌を歌いました。

参加者の年齢層が高めだったので、選曲も松任谷由実、山下達郎、サザンなど懐メロ多め。

昔ながらの山小屋で懐メロを歌う夜。まるで70~80年代の世界にタイムスリップしたような、不思議な時間でした。

極上のお風呂体験

ウクレレナイトのあとはお風呂に入浴。

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「あー気持ちいい!」

今日一日、ずっと寒い思いをしていたので、温かいお風呂は叫びたくなるほど嬉しい! かじかんだ体がほぐれていくのを感じます。

部屋に戻ると、同室の男性がストーブを部屋の入口に移動させていました。

彼は中年の男性で、同じスノーカイトの体験者です。部屋代が安くなるよう、松永さんが同室で予約してくれたのです。

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「ストーブが勝手に消えちゃうのは、周囲のO2濃度が高く検知されるからなんですよ。スペースに余裕があれば、O2が検知されにくいみたいです」
「そんな裏技があったんすね……」
それからというもの、ストーブが勝手に消えることはなくなりました。

頭を使わないと、この雪山では生き残れないようです。

凍死寸前の夜

その夜、わたしは
上半身「肌着2枚+ジャージ+アウトドアジャケット」
下半身「タイツ・長ズボン」
という、完全防寒着の状態で就寝。

目を閉じてどれほど時間がたったでしょうか、わたしは突然目を覚ましました。
何が起きているのかわからないけれど、脳がしきりに

「起きろ!このままじゃ死ぬぞ!」

というメッセージを飛ばしてくるのです。なにかわからない。でもこのままだとヤバい!

すると、体が車のエンジンのように猛烈な勢いで震え始めました。気がつくと体温が下がりきっていて、全身が死体みたいに冷たくなっています。

(このままじゃ凍死する!)

あわててレインコートを着込むと、なんとか震えが収まりました。雪山の寒さ、恐るべし。まさかレインコートを着たままお布団で寝る日が来るとは思いませんでした。

2日目のレッスン

冬の高原生活2日目。朝食をとると、今日もスノーカイトのレッスンに参加します。

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今日の天気は晴れ。空一面が晴れ渡っており、清々しい気分です。

空気は澄み切っていて、息をするだけで心が洗われるかのよう。
「空気がおいしい」なんて言葉では表現しきれないぐらい、息をするのが気持ちいい!

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「すごい、ダイヤモンドダストだ!」

よく見ると、空気の中をキラキラと輝く氷の粒が飛んでいます。生まれて初めて見るダイヤモンドダストは、幻想的な美しさでした。

絵画のような景色の中で、今日もスノーカイトの練習。
お昼になったので休憩になりました。わたしは地上で買ってきたおにぎりを食べようとしたのですが……

「凍ってる!」

おにぎりは半分凍っていました。うう、冷凍庫に入っていたお米みたいな味がする……

この日のレッスンで大分カイトの操縦にも慣れてきました。明日はいよいよ、スキーを履いてスノーカイトを操縦するそうです。

美しい夕暮れ

レッスン終了後、わたしはゲレンデ周辺の写真を撮影しにでかけました。
こちらは美ヶ原高原のシンボルである「美しの塔」。

鐘が付いており、通りがかりの人がカランカランと鐘を鳴らして行きます。

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続いて遠くに見える「王ヶ頭ホテル」を撮影。

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巨大な鉄塔郡はアンテナなのだそう。

雪原に建つ巨大ホテルは荘厳な雰囲気で、ゾンビ映画とかで「人類最後の基地」になりそうなイメージです。

やがて日が暮れ始めたので、近くの「牛伏山」という山にプチ登山します。(標高1,990m)

アイゼンやスノーシューも履かずにひたすら雪道を登るのですが、これがなかなかしんどい! 足が雪に取られるし、滑りそうになるし、負荷が高めです。

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20分ほど歩いて牛伏山に登頂すると、沈みゆく夕日を堪能。
夕日は直視できるほど柔らかい日差しで、宝石のように輝いています。

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雪原はオレンジ色に染まり、空は藍色へと変わる。寒さなんて忘れてしまうほどの美しさでした。

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真冬の高原なんて、とても人が生きられる環境ではない。だからこそ、見られる景色も荘厳さにあふれていました。

日が沈みマジックアワーを迎えると、周囲の景色がやわらかい光に包まれます。

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やがて山の稜線から月が顔をのぞかせます。

標高が高いからか、いつもよりちょっとだけ月が大きく見える気がしました。

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日没後の景色はあまりにも幻想的で、できるならずっと見ていたいほどです。

でも日没後の雪山は極限まで寒くて、もう限界でした。寒すぎて鼻がもげちゃいそう……

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急いで山を降りるとおなじみの暖炉で温まります。もう俺、ここから離れたくない……

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夕食はすき焼き。お肉は食べごたえバツグンで、今日もお腹いっぱい食べました。
他にも山うどやニジマスなどが食べられて大満足です。

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いびきで眠れない!

夜が更け、就寝時間になりました。

この日は白髪の中年男性も相部屋になっており3人で就寝。彼も毎年スノーカイトを練習しに来ている経験者なのだそう。

「それじゃあ、おやすみなさい」

わたしは昨日の体験から、屋内にいるにもかかわらず「ジャケットにレインコート」という完全防備で就寝しました。

目を閉じてどれほど時間がたったでしょうか、わたしは突然目を覚ましました。

(いびきがうるせぇ!)

白髪の中年男性のいびきがものすごくて、まるで猛獣が威嚇しているような唸り声が聞こえてきます。結局、この日もよく眠れませんでした。

朝焼けを堪能しよう

早朝。わたしは身支度をしてホテルを出ると、今日も牛伏山を登ります。

雪原には風紋が浮き上がっていました。
風で凍りついた雪が生み出す模様が、高原の寒さを鮮明に表現しています。

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日が昇っていくのに従い、辺りがほのかに見えるようになってきました。

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やっぱり早朝も寒い。それでもじっと東を見ていると、やがて太陽がのぼり始めました。

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特に感動的だったのが、朝焼けに染まった穂高(?)の山並み。
朝焼けを受けて真っ白に輝く稜線は、これほどにない白さでした。

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満足したわたしは山を降りると、朝食の時間まで暖炉で過ごしました。

最後のレッスン

朝食後、最後のスノーカイトのレッスンを受けました。

カイトを装着してスキー靴を着用すると、風を受けながらカイトを操縦。

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(写真提供:Σさん)

やってみると操縦がすごく難しい! 機敏な操作を求められるので、頭がパンクしそうです。

両手はカイトが地面に落ちないよう、常に操作して風を集める必要があります。
一方、スキーはカイトの進行方向に合わせないと前に進めません。そのため、常に足も動かす必要があるのです。

ある時などスピードが出すぎてカイトを制御できず、全身が空へと引っ張られてしまったこともあったほど。

「ヤバい、このままじゃ空を飛んじゃう!」

と怖くなった思ったほどです。

何度もズッコケて、ようやくコツがつかめたかなというところで、すべてのレッスンが終了しました。

ずばり、スノーカイトの魅力は?

正直言って、スノーカイトを体験するまではその面白さがわかりませんでした。

「なんでわざわざカイトでスキーをするんだろう? ただのスキーで良いじゃん」と思っていたのです。

でも、風で滑るスノーカイトはパワーが全然違う! 風の強さは全身が千切れそうなほど強く、滑るスピードや爽快感もずっとレベルが高いのです。

また、操縦が難しい分、うまく乗りこなせた時の快感も味わえるのがいいなと思いました。スキーと違って「風さえあれば平地でも滑れる」というのも大きいかな。

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その日の午後、わたしはバスに乗って酷寒の美ヶ原高原をあとにしました。
東京に帰ると、なんと空気の暖かいことか!

冬の雪山はあまりにも残酷な環境だったけれど、その美しさは忘れられないものばかりでした。

今まで冬は家でじっとしていることが多かったけれど、こうやってウィンタースポーツを開拓するのも悪くないかもーー

そんなことを感じさせてくれる、不思議な3日間でした。

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