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ブランド症候群②
いくつになっても子供な私は
「ブランド」という言葉に
とっても弱いのが欠点なのだが
そんなちっぽけな話じゃなくて
歴史の中のブランドはどうなのだろう
特に古代国家レベルのブランドは
どのようなものがあって
どう利用されたのだろう
目次
1、 もらった鏡は
2、ブランド化成功!
3、ブランドは無くならない
1、もらった鏡は
![](https://assets.st-note.com/img/1713573029459-1y408Uu9Et.jpg?width=1200)
さて、考古学の分野で贈り物というと「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」が最も有名
この鏡は魏(ぎ・約一千八百年ほど前に黄河流域を支配していた国)から卑弥呼が貰ったものとされており、別名「卑弥呼の鏡」とも言われている
そしてその枚数は、百枚(不思議なことにこの鏡は、中国大陸では一枚も確認されていない)に及んだと「魏志」に記されている
つまり彼女は倭国(当時の日本)の代表として
魏の支配下に入ることによって、権威の象徴である鏡を貰ったのである。
これ以前にも中国大陸の鏡は日本にもたらされているが
卑弥呼がこの鏡を独占したことによって
それが特別な権威物(ブランド品)となったのである。
2、ブランド化成功!
で、卑弥呼はその鏡をどうしたのだろうか?
ずーと隠し持っていたのでは
ブランド品の価値が下がる
というより、それらがブランドにならない
やっぱ、ブランド品は小出しにするのが一番
貰った鏡は支配下にある王達に
うまーく分配したのである。
当然ながら、あちこちでコピーが横行する
こうなるとブランド品を出す方はしめたもの
いよいよブランドの価値が高まる。
多分、地方の王達の中では
本物とコピーを持つ者の相関関係が細分化されていったのだろう
「おっ、君の鏡は本物やなぁ。でも俺は、君より一枚多く持ってるで」
「ほんまやぁ。俺も卑弥呼にもうちょっと気に入られていたらなぁ。君と同じ枚数やったかもしれんなぁ」
「あ、でも川向こうの○○王なんかは一枚しか持ってへんよ。しかもコピーやったで」
「マジか?あいつ卑弥呼に相手にされとらんのやろうか?可哀そうになぁ。あれだけ貢物を送っているのに…」
という会話がいっぱい聞こえてきそうである。
なんだか何処かで聞くような会話だが
この鏡は卑弥呼がその権力を系統立てるのに
とても役立ったブランド品だった。
しかしそれも、貰った側の王達によって
実に八割までが古墳に埋められてしまう。
つまり鏡を遺体と一緒に埋めることによって
彼らは自分自身を権威付けたかったのである。
そして、これによって三角縁神獣鏡のブランド力は、古墳時代で終わってしまう。
3、ブランドは無くならない
![](https://assets.st-note.com/img/1713573007547-LVBB4MSz62.jpg?width=1200)
ただ、これでブランドが無くなるかというと
そうではない!
後世の者達は、自分達と、その時代の価値観に合ったブランドを次々と作り出す。
これはどうも、現代とも共通するようでもある
そう、
ブランドという概念を長い歴史の尺度で測ると
積もることのない春の淡雪のみたいである。
しかし、それを求める事を止められないのは
卑弥呼に限らず
抑えることの出来ない
私たち人間本来の欲望なのかもしれない…。
自分自身にそう言い訳をしながら
再びサーフや雪山を走りたいという
ちっぽけな欲望に負けてしまい
夜な夜なPCの前に座り
クルマの各サイトをネットサーフィンしながら
ブランドグルマの画像とデータを
穴が開くほどながめる私がここに居る。
ここまで読んでくださって
ありがとうございます。
またこのブログを訪ねてみてください
ありがとうございました。
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