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大正時代が舞台のマンガを描き続けてもうすぐ1年半です

十五堂(じゅうごどう)と申します。
2022年4月に、大正時代を舞台にした創作漫画「兄嫁と結婚します」を描き始めてもうすぐ1年半、1,200枚を超えました。せっかくnoteを始めたので、創作秘話…というか身の上話(?)をまとめてみようと思います。

要約すると、2016年に「抑うつ状態」と診断されて、努力むなしく2021年9月に退職。休養しつつ先のことを模索していたら、2022年4月にマンガ「兄嫁と結婚します」を思いつきで描き始めて、それからずっと描き続けています。
ちなみに、今年になって「双極性障害」と診断されました。人生は五里霧中。


1. 無理して働いて体を壊しても職場は私の人生の責任を取ってくれるわけじゃないし、元の元気な体には二度と戻らないよ!(ほんそれ!)

前職に13年半勤務して(ただし1年程度は休職)それなりのキャリアを積みました。定年退職まで仕事を続けていたらある程度の資産形成ができた(予定)という点においては残念なのですが、命の危険を感じて退職したので後悔は一切ありません!

今思うと、ハイ(軽躁)になっているときに仕事を詰め込んで、低調になったときにハイな時のテンションや集中力で仕事ができなくて落ち込んだり、仕事を無理やり頑張ったり、ということを繰り返していました。
ハイな時間の方が短いから、自己批判の時間の方が長く、もともと自己評価が低かったので、どんどん自分を追い詰めることに。そして、感情の波をコントロールするのは難しい…というか無理です。

身も心もボロボロになりました。退職後は貯金がどんどん減っていますが、それでも時間に縛られず、出勤して同僚などたくさんの人間に会わなくてもいい自由な暮らしは最高です。
自分の人生で一番大切なのは自分自身なのだから、自分の心身がひどく傷つくまで我慢することはなかったと深く反省しています。もう我慢しない。

左から千代、若松寿(ひさし)、靖(やすし)

2. 前職退職から半年好き勝手に暮らしていたら、突然マンガを描きたくなりました(なぜに……)

13年半我慢し続けたご褒美として、しばらく好き勝手暮らすことにしました。とはいえ、体調がよくないので行動範囲は狭く、食欲が落ちているとごちそうも食べられないのですが、時々貯金残高を確認しながらのんびりして、これからどう生きるか、どうやって生活を組み立てるかを模索することにしました。

2022年4月頃に、大正時代が舞台で、女性が一番年上の三角関係、兄と結婚していた女性が、兄の没後に弟と結婚する、というマンガが読みたい! と思いつきました。友人に「言い出しっぺの法則!」と指摘され、プレゼン的に(あわよくば「私も描きます!」という人が現れないかと期待して)シャーペンで描き始めました。
以来、「私が描きます!」という人は私の前に現れず、私はそのまま夢中になってマンガを描き続けています。人生でこんなに夢中になって、長期にわたりマンガを描くのは初めてです。描きたいことが次から次へ吹きだしてくるような感じです。手が追いつかない。

若松邸で寿と千代は祝言を挙げました。

3. マンガに熱中しすぎて体調不良になります(あほか!)

筆圧が高く、シャーペンや消しゴムを使って長時間描くので(内容にもよりますが、1枚1時間くらいのペースです。考える時間は別途)、毎日5枚ペースで描いていたら利き手が腱鞘炎になりました。
気分の波によっては、登場人物に感情移入しすぎて泣いたり、同じ場面を脳内で繰り返し検討してぐったりしたり、ということもあります。疲れる。

早く先の話を描きたいと気が急くのですが、先は長いので、ある程度諦めて腰を据えて取り組もうと決めました。
もっと素敵に、もっときれいに描きたい! という欲望もあるのですが、腱鞘炎がひどくなると困るので、あまり細かく描き込まないようにしています。脳内のイメージを絵にできればそれでよし!

腱鞘炎対策のため、8月の頭に執筆枚数のルールを決めました。
①マンガを描くのは月~日の1週間に12枚まで。
②1日3枚以上描いたら次の日は休み。どうしても描きたければ1枚だけ。
手も大事ですが、精神の安定も大事なのでゆるいルールです。たぶんハイな時期の反動で低調になっているのと、夏バテ等で疲労と眠気がひどいのとで集中して描けず、ルールは守れています(笑)。

寿が一高生で、若松家の屋敷のモデルは旧岩崎邸庭園なので、上野界隈が舞台になりました。
植草家の屋敷のモデルは駒場の旧前田家本邸。若松家と植草家の屋敷の位置は意外と近いです。

4. 抑うつ状態だと思っていたら双極性障害でしたよ(ですよね~!)

2016年に「抑うつ状態」と診断されたのですが、新しい抗うつ薬を飲んだ時に気分が高まりすぎて、これといった意味もなく号泣したことがあり、それ以来精神安定剤を処方されています。
もしや私は「双極性障害(躁うつ病)」なのでは? と疑っていたので、新しい診断書の病名が「双極性感情障害」になっていてとても嬉しかったです。やっと一つの病名にしぼって調べられるし、対策ができる!

年も取るし、元の元気な体にはもう戻れないけれど、自立した生活を続けるためにできるだけのことはしようと思い、障害者手帳(精神福祉障害者手帳)を申請。強い眠気に悩まされていた頃に比べると、最近は起きて活動している時間も増えたので、仕事探しも始めました。そしてすでに難航しています。くじけない! 焦らない!(しかしハイな時に求人に応募しがち。)

13歳の頃の寿。病弱で思い通りにならない体を持つ彼の境遇に共感しました。
自分にとって何が幸せなのかを知ることは、とても大切なことだと思います。

5. 脳内に住むキャラクターたちに支えられて(エンドレス)

マンガを描き始めて、毎日毎日マンガのことを考えていたら、脳内にキャラクターたちが常駐するようになりました。スーパーに買い物に行ってもついてきて、寿と千代が商品を見ながら勝手におしゃべりしています。

ふと思い浮かんだ言葉に、キャラクターたちが返事をしてくれることもあります。
私が「人生うまくいかないことばかり」と思った時には、華枝が「ほんとですわ!」とぷりぷり怒って、それを聞いた侯爵が「たしかに。でも悪いことばかりでもないですよ」と優しく声をかけてくれました。(もちろん、華枝はゴキゲンになりましたよ。)
私が「疲れた。しんどい……」と思った時には、寿が「まあ、横になって休んで。無理しちゃいけませんよ」、千代が「お白湯、飲みますか?」と心配してくれました。優しい。病人の扱いに慣れている。

マンガを描きながら、自分の人生を振り返って整理したり、これからの人生をロールプレイしたり。人生経験を積んだ今だから、これだけの量と内容のマンガが描けるようになったのでしょう。
創作に対する羞恥心も、10~20代の頃に比べると薄くなりました。いつまで描けるかわからないんだから、描きたいと思ったら描きたい。あとはもちろん、退職して時間が自由になったおかげです。
色々大変なことはありましたし、時々途方に暮れることもありますが、ま、いっか! と開き直っています。

自分自身のコンプレックスに向き合うのは、とても勇気のいることです。
絶対に他人には見せたくない額の傷跡を七緒と八重に見せる華枝。
七緒と八重の家族になる、継母になるという覚悟の表明でもあります。

6. タイトル回収はいつの日か(作者にもわからない)

「兄嫁と結婚します」という題名は、「そういう感じのマンガをだれか描いて!」という願いを込めて、その場しのぎでつけたのですが、自分でもこれほどまでに(靖が)兄嫁と結婚しない流れになるとは思いもよらず……(笑)。
だって、寿が面白い人だった……華枝が面白すぎた……侯爵も……仕方がなかったのです! あちこち掘り下げつつ、その時に描きたいことを描いているので、仕方がなかったのです! 私が楽しければよい。

これまでも好き勝手描いてきましたし、これからも好き勝手描き続けますので、兄嫁と結婚する日まで(いつになるかわかりませんが)のんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。

ルイ・アームストロング「Cornet Chop Suey」のイメージから。
寿と千代は仲の良い穏やかな夫婦でしたが、靖と千代は夫婦喧嘩が多くなりそうです。
次期若松家当主夫妻として、忙しく騒がしい毎日を送ることでしょう。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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