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環境に配慮した気候変動の新たな緩和策に向けて

中山 恵介
論説委員
神戸大学


気候変動に起因すると推測される豪雨、豪雪などに伴う自然災害が多発している。その結果、防災への意識が高まっており、土木工学に関わる多くの研究者および実務者がその対応、特に適応策の提案・実施に取り組んでいる。近年の頻発する洪水氾濫、高潮および津波被害等に対して、このような適応策の提案および実施は疑いようのない大切な取り組みである。一方で、このように防災強化および災害適応への関心が高まっている中、土木工学に関わる者として、たとえ効果が現れるまでに時間がかかっても、気候変動の緩和に向けて取り組むべきではないかと感じている。つまり、よく言われていることではあるが、気候変動への対応には、緩和策と適応策を両輪とした取り組みが必要であると考える。

SDGs目標13「Climate action:気候変動に具体的な対策を」では、カーボンオフセットやカーボンニュートラルの推進が掲げられている。

いわゆる気候変動の緩和策であり、これ以上地球温暖化を加速させないために全世界で取り組むべき事項である。それにより、気候変動によると考えられている自然災害の頻発を抑制できる可能性がある。その一環として、日本は2020年10月に、2050年のカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。エネルギー産業における構造転換、およびイノベーションの創出などにより、二酸化炭素排出量のかなりの割合を削減することが可能である。しかし、カーボンニュートラルの実現のためには、さらなる二酸化炭素の吸収技術の提案が必要であり、このままでは2050年のカーボンニュートラル達成は困難である。つまり、その実現に向けて、あらゆる分野の緩和策を総動員し、地域が主体となることで全各地に広がる、いわゆる「脱炭素ドミノ」の波及により、その実現を目指す必要がある。

その一つとして、水生生物(藻類や水草)の作用により大気中の二酸化炭素を貯留する「ブルーカーボン」増強の技術開発が世界的に成されている。ブルーカーボンで注目されている浅海域の面積は全海洋面積の僅か0.8%であるが、海洋全体で吸収している二酸化炭素の約40%が浅海域において吸収されているのである。この高い二酸化炭素の固定効果を人為的なアマモの植栽などにより増強し、カーボンニュートラルの実現に資することがブルーカーボン増強の目的とされている。詳しくは、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(Japan Blue Economy Association:JBE)のホームページに記されている。

JBEは国に認可された法人であり、土木学会等の研究者らが中心となり2020年に設立された。アマモ場やヨシ原は水生生物の「ゆりかご」であり、生物多様性を維持する上でも重要な役割を果たしている。その結果、水生生物とのふれあいの場を提供するなど、人々の生活に憩いとうるおいを与えてくれる。さらに、ブルーカーボンの推進は、過去に失われた豊かな生態系を取り戻すという観点からのミティゲーション(自然環境の再生や生態系の回復)にも資することが出来る。最適地が限られているという問題はあるが、ブルーカーボンの考え方は、生物多様性を含めた環境面における好影響も考慮した上での気候変動の緩和策であり、土木工学に関わる者として模範とすべき取り組みである。

土木工学の研究者や実務者は、目に見える人間社会のインフラ整備のみならず、常に自然環境のことを念頭に置いて活動している。本稿では、水環境に関する事例を紹介したが、エシカル消費に基づくものなど、他の分野でも多くの環境改善を可能とする気候変動の緩和策の提案が可能であると考える。前述の通り、気候変動への対応として、適応策と緩和策を両輪とした取り組みが重要であることから、多発する自然災害に対応する適応策を講じることは必須ではあるが、絶滅危惧種が問題となっている地域に代表されるように、環境保全や環境改善を可能とする緩和策の提案も必要である。その結果、地域の人々に憩いとうるおいを与えてくれるブルーカーボンのような緩和策の推進は、「脱炭素ドミノ」の波及による地域活性化と地域循環共生圏の実現を可能とする。今後の土木業界における、新たな環境に配慮した気候変動の緩和策の提案に期待したい。

土木学会 第189回論説・オピニオン(2023年2月)



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