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第二十一章 待ってろマリ! 飛び道具リボルバーを密輸

この物語はフィクションです。登場する団体、名称、人物等は実在のものとは関係ありません。


赤線とはー
性風俗の混乱を恐れた国が慰安所として許可を出した特殊飲食店街。半ば公認で売春が行われ、警察の地図に赤い線で囲ったため、赤線と呼ばれた。ー


―横浜港沖―

 待ちこがれていた貨物船の第一光洋丸が横浜港に帰った。その日、浜やんは通船で沖止まりの第一光洋丸に向かっていた。頼み事をした城島に会う為である。
 湾内は航跡を残して港を出て行く外国船や長い航海から帰ったタンカーなど出船・入り船が行き交っている。小さな通船はタンカーが起こした波を避けながら第一光洋丸に近づいて行った。
 第一光洋丸に乗り込んだ浜やんは、ボイラールームで洗濯物を干していた男に尋ねた。

「城島いる?」

「城島?ああ、奴なら今、陸へ上がっちゃっているよ」

「何処へ行くって言っていた」

「遊びに行くって言っただけだから。何処へ行ったかちょっとわからねえな」

「そうか、じゃ又来るわ」

 浜やんは通船でふ頭まで戻り、黄金町の歓楽街に向かった。

 ―あいつのことだ。女でも買っているんだろう。

 しばらくの間、街をぶらぶらしていたが城島の姿は発見出来なかった。
映画を観て時間をつぶし、夜、又第一光洋丸に行った。城島はまだ帰っていなかった。
船内の食堂で待っていると

「いやぁ。しばらくだな。浜」

と威勢のいい声を上げて、城島が入って来た。

「おう」

「昼間も来たんだって…」

「そうだよ。おめえ、どこへ行ってたの」

「黄金町よ」

「やっぱりそうか。ここへ来てもいねえからよ。俺、黄金町の方へ探しに行ったんだよ」

「そうか、そりゃ悪かったな」

「ところで、アレ買って来てくれたか」

「おお、買って来た。ちょっと俺の部屋へ行こうか」

「誰もいねえのか」

「俺一人だから、大丈夫だ」

 狭い船内を城島の後をついて行くとクルーが寝泊まりする部屋が並んでいた。
その中の一室に浜やんを誘い、城島は二段ベッドの下にある備え付けのロッカーを開けた。中には衣類に混じって二十センチ四方の段ボールの箱があった。
箱はロープで、しっかりくくられている。

「何だ。こんなところへ入れといたのか?」

「おう」

「大丈夫か。うまくパスしたのか?」

「いちいちロッカーの中まで調べねぇよ。保健所が来ただけだよ」

 税関の検査は勿論行われていたが、城島はうまくその目をかすめたようだ。部屋のドアが開けっ放しになっていたので浜やんが人目を気にし、慌ててドアを閉めた。
城島が手にしたナイフでボール箱のヒモを切り始めた。箱を開けると冷凍用のブルーの紙で包装された拳銃が出てきた。
スミス&ウエッソンである。鋼鉄の銃身が鈍く光っていた。

 ―す・げ・え…

 その銃を取り出し、浜やんは片手で持ってみた。

「重てぇな、これどうやって使うんだ。…弾は?」

「あるある。俺少し使ったけどよ…」

「使った?何処で?」

「まぁ、いいから。それより使い方教えてやるよ」

城島が拳銃を手に持った。

「いいか、こうやって回転式の弾倉に弾を詰めるんだ」

 スミス&ウエッソンはリボルバーつまり回転式拳銃で、弾を装填する弾倉がレンコン状の回転式になっている。弾倉は銃の中央部にある。
その弾倉に弾は五発から八発入る。
射撃の操作は銃の撃鉄を指で引き起こし、半固定した状態で引き金を引く。すると撃鉄が作動して、弾の底部にある雷管を叩いて火薬が発火、弾が発車する仕組みである。

 一回の説明ではわかりにくかったので、浜やんは試し射ちをしたかったが、誰かに気づかれてはまずい。小声で念入りに銃の使い方を教わった。

「これ、何処で買って来たんだ」

「ジャカルタだ。あっちじゃ、現地の奴に頼めば簡単に手に入るよ。弾は三十発買って来た」

 浜やんが数えると十発足りなかった。

「城島、足りねえ分はどうした?」

「ん、試し撃ちに二発使った。残りの八発はすぐ使えるように銃の弾倉に詰めておいたよ」

 城島がベッドのマットをめくり上げた。分厚いマットがズタズタに引きちぎられていた。
 城島は更に穴が開いてる分厚い電話帳を差し出した。

「これもそうだ」

「すげえ、こんなふうになっちゃうのか」

 弾は分厚い電話帳を見事に貫通していた。
 スミス&ウエッソンの威力は想像以上のようだ。これで撃ち抜かれたら人間の体などひとたまりもないだろう。

 ―この飛び道具さえあれば、なんとかなる。マリ待ってろよ。

 浜やんは城島に礼を言って拳銃を受け取り、第一光洋丸を後にした。

続き > 第二十二章 馴染みの娼婦が背中を押した「男の価値は…」(前編)
―横浜・永真カフェ街―

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◆amazon・電子書籍

◆作詞・作曲・歌っています。


参考文献

兼松佐知子(昭和62年)『閉じられた履歴書 新宿・性を売る女達の30年』朝日新聞社

木村聡(写真・文)(平成10年)『赤線跡を歩く 消えゆく夢の街を訪ねて』 自由国民社

木村聡(写真・文)(平成14年)『赤線跡を歩く 続・消えゆく夢の街を訪ねて2』自由国民社

澤地 久枝(昭和55年)『ぬくもりのある旅』文藝春秋

清水一行(平成8年)『赤線物語』 角川書店

新吉原女子保健組合(編)・関根弘(編)(昭和48年)『明るい谷間 赤線従業婦の手記 復刻版』土曜美術社

菅原幸助(昭和62年)『CHINA TOWN変貌する横浜中華街』株式会社洋泉社

『旅行の手帖(No・20)』(昭和30年5月号) 自由国民社

 ※近代庶民生活誌14 色街・遊郭(パート2)南 博  三一書房(平成5年6月)

名古屋市中村区制十五周年記念協賛会(編)(昭和28年)『中村区市』(名古屋市)中村区制十五周年記念協賛会

日本国有鉄道監修『時刻表(昭和30年)』日本交通公社

日本遊覧社(編)・渡辺豪(編) (昭和5年)『全国遊郭案内』日本遊覧社

広岡敬一(写真・文)(平成13年)『昭和色街美人帖』自由国民社

※戦後・性風俗年表(昭和20年~昭和33年)

毎日新聞出版平成史編集室(平成元年)『昭和史全記録』 毎日新聞社

松川二郎(昭和4年)『全国花街めぐり』誠文堂

森崎和江(平成28年)『からゆきさん 異国に売られた少女たち』朝日新聞出版

山崎朋子(平成20年)『サンダカン八番娼館』文藝春秋

吉見周子(昭和59年)『売娼の社会史』雄山閣出版

渡辺寛(昭和30年)『全国女性街ガイド』 季節風書店

大矢雅弘(平成30年)『「からゆきさん=海外売春婦」像を打ち消す〈https://webronza.asahi.com/national/articles/2018041300006.html〉令和2年12月14日アクセス 朝日新聞デジタル

※参考文献の他に物語の舞台となっている地などで、話を聞いた情報も入れています。取材にご協力いただいた皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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