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漂流教室 No.39 「『源氏物語』から『下臈』」

同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。

同じほどの身分、それよりも下位の更衣たちはなおさらのこと落ち着いてはいられない。
(訳…私)

「下臈(げろう)」とはもともとお坊さん関連の言葉です。
「臈」というのがお坊さんの夏の修業を指すらしい。その修行回数が少ないお坊さんのことを「下臈」と呼んだ。
もちろん「下臈」もいれば「上臈」もいらっしゃる。
修行回数の多いベテラン僧侶ですね。
ここでは、「下臈」は身分が低いという意味で使っています。
宮中ではよく使われたようで、「下臈蔵人」や、「下臈女房」という言葉もありました。

「同じほど」の更衣や、「それより下臈」の更衣。
更衣さんの中にも身分差があったんですね。
更衣の出身家は納言クラスが多かったようで、天皇さんから特別に寵愛されちゃった更衣さんは大納言家出身です。
だから、「同じほど」の更衣さんたちは大納言家出身で、「それより下臈」の更衣さんたちは中納言家出身。
同じ「更衣」なんだから、上も下もないと思うんですがねえ。

更衣さんたち、何人いらっしゃったのかはわかりませんが、みんなから嫌われるんだからたいへんなことです。
件の更衣さんは針の筵。

さて、この問題の発端は天皇さんが一人の更衣さんを寵愛しすぎたからですが、当の天皇さんご本人はどう思っていらっしゃったのか?
『源氏物語』にはこう書いてあります。

朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよ あかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

日々の宮仕えにつけても、女御、更衣たちの心を騒がせ、恨みを負うことが積もり積もったせいであろうか、たいそう病気がちになり、里に下がることが増えたのを、ますますいとおしいとお思いになり、周囲の人々のそしりもかまわずに、世の語り草になるほどのご寵愛ぶりである。(訳…私)

更衣さんが心労のあまり病気になっても、まったく変わらない。いやいやそれどころかもっと深く寵愛する始末です。天皇さん、もうちょっとご配慮が必要ですなあ。

さて、こちらの更衣さんのことを「桐壺の更衣」と呼びます。
で、天皇さんは「桐壺帝」。
『源氏物語』には人の名前はあんまり書かれていない。
桐壺の更衣は内裏内の「桐壺」というところに住んでいたので、そう呼ばれます。
天皇さんは便宜上「桐壺」の名を冠しています。

登場人物たちの名前がないなんて、現代の小説だと考えられません。
強いてあげれば夏目漱石の『こころ』かな?
「先生」は「先生」だし、「私」は「私」だし、せめて名前らしいのは「K」だけど「K」はいくらなんでも仮名だしなあ。

『源氏物語』と『こころ』。
私は教員時代、登場人物の名前がない物語を教材にしていたんですな。
今にして思えば、妙なお仕事。

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