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かぼちゃのジャーニー

夏から秋にかけて南瓜の旬がやってきます。近頃、よく南瓜のお料理を作っています。北海道産の南瓜を一玉買っているのですが、煮付けにしても、サラダにしても、天ぷらにしても、まったりした甘味が優しく、家族にも好評です。寒暖の差が、甘い南瓜を育ててくれるようです。
南瓜は種まで美味しく食べられると最近知りました。調理する時に種を取って干しておいて、種の外側の硬い皮を剥き、中の少し柔らかい緑色の種をフライパンで炒って、最後に塩をまぶして食べるとすごく美味しいです。南瓜の種は健康にも良いと言われています。


一人黙々と南瓜の種の皮むきをしていて、ぼんやりと物語が浮かんできました。小学生の頃から中学生の初めごろ、小川洋子さんに憧れて物語を書いていたことがあったのですが、それ以来、一度も書いておらず、数年ぶりに短い物語を書いてみました。


かぼちゃのジャーニー

かぼちゃのジャーニーは、まだかぼちゃではありません。ジャーニーは、かぼちゃの種です。

ある日、天麩羅屋がずっしり重たいかぼちゃを、うんうん唸りながら、ざっくと二つに切りました。
天麩羅屋があまりにも勢いよくかぼちゃを切ったものですから、半分に切ったかぼちゃの片方から、かぼちゃの種が一粒、ぽろりと飛び出しました。それが、ジャーニーでした。

突然目の前が明るくなったので、ジャーニーは驚きました。何しろ、かぼちゃの中は暗くて、じっとりしていて、ジャーニーや他の種たちは、黙って、ひっそり暮らしていたのです。

思いがけず外に飛び出してしまったジャーニーは、これからどうしようかと少し考えました。
ここでじっとしていると、排水溝に捨てられてしまう、そう思ったジャーニーは旅に出ようと決めました。

ジャーニーは早速、硬くて分厚いかぼちゃの皮をガリガリめくって、小さなブーツを作りました。ブーツを履いて、黄色い靴紐をぎゅっと結び、他の種にたずねました。

「誰か、僕と一緒に旅に出たい者はあるかい?いるなら、かぼちゃから出ておいで。僕が素敵なブーツを作ってあげよう。僕たちのこの白い服はとっても硬いから、このブーツさえ履けば、でこぼこ道も、山中の道も、どこにだって歩いていけるよ。排水溝にみんなで行くよりも、もっと素敵なところがあると思うんだ。」

それを聞いた他の種たちはヒソヒソと何かしゃべり始めました。どうやらジャーニーについていく者は一人もいないようでした。
仕方がないので、ジャーニーは「さようなら。僕は旅に出るよ。」と言って、一人で旅に出ました。ほんとうは、何だか少し寂しいような気もしたのですが、ジャーニーはひとりで旅に出ると決めたのです。

ジャーニーは旅人です。さすらいの旅人です。深い緑の、硬いブーツを履いた旅人です。雨にうたれても、風に吹かれても、一人歩く旅人です。小さな花と歌を唄う旅人です。

ある日、ジャーニーは海が見える小高い丘に腰を下ろし、大地と話しをしていました。
「僕はさすらいの旅人、かぼちゃのジャーニーです。」
「まあ、旅の人。長い旅路、お疲れのことでしょう。私のふかふか柔らかい土の中で、少しお休みにおなりなさい。」

ジャーニーは柔らかくて、暖かくて、優しい匂いのする土のなかで、ぐっすり眠ってしまいました。
ジャーニーは眠りながら、旅の出来事を思い返していました。
からからに渇いた喉を潤してくれた朝露のこと、寒い夜、木の葉の布団から眺めた大空に煌々と光る小さな星のこと、容赦なく降る雨と鋭い稲妻、花の蜜を集める蜂や、美しい舞を見せてくれた蝶のこと。
かぼちゃの中にいるときには見たことのなかった景色を、ジャーニーはひとりで沢山見てきました。そしてそのたびに、僕はかぼちゃのジャーニーなんだと思いました。
ジャーニーは長い長い眠りにつきました。

どれくらいの時が経ったでしょうか。土の隙間から光が差し込み、ジャーニーは目を覚ましました。
「いったい、僕はどれくらい眠っていたのだろうか。何だか体が重たくなってしまったよ。」
すると、大地がくすりと笑って、こう言いました。
「ジャーニー、あなたはもうかぼちゃの種じゃなくなったのよ。立派な、大きなかぼちゃになったのです。」
ジャーニーは、立派な、大きなかぼちゃになれたことが嬉しくて、分厚い硬い、緑色の皮の上に涙がほろりと流れました。

やがてジャーニーはたくさんの種を作りました。ジャーニーの種たちは、海の見える小高い丘で、風や、花や蝶と楽しく暮らしました。
丘は、黄色い花でいっぱいの素敵な丘になりました。

終わり


小学生の頃、時々書いていた物語の原稿を母がとっておいてくれたようです。

(左から)おくださんのミット、かえるの道具屋、さいほうが得意な少女、雨の日のパレット
当時使っていた万年筆と。


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