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(1)田中東子(東京大学大学院情報学環):JFP調査2022、有識者による解説

▼執筆者プロフィール
田中東子(たなか・とうこ)
東京大学大学院情報学環教授。博士(政治学)。専門はメディア文化論、第三波以降のフェミニズム、カルチュラル・スタディーズ。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学―第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社)など、編著に『ガールズ・メディア・スタディーズ』(北樹出版)など

1992年。
大学生だった私は、映画製作の現場に飛び込んでいた同級生の男の子に、「映画業界って、なんで男ばっかりなのさ」と従来からの疑問をぶつけてみた。すると彼は、「映画っていうのは大人数を率いて作るわけ。女に集団の指揮を取れるわけないじゃん」と答えたのだった。

 未来を担う若者までもがそんな認識なのかと呆れつつ、「この業界は先細りしていくな……」と直感してから、今年でちょうど30年が経つ。映画業界が先細りしているかどうかはともかく、30年前から現在に至るまで、女性の参入がさほど進んでいないようであるということは、JFPの調査結果に如実に示されている。

 特に「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2022夏」と「映像業界ジェンダーギャップ調査2022~映画界の職能団体編~」の量的調査の結果からは、1.映画業界で働く女性は男性に比べて著しく少ないこと、2.職能別で見たときに一部の仕事では女性の比率の方が高いが、女性の多い職能は業界のなかで低い地位におかれていること、の二点が読み取れる。

 衝撃的なのは、「2021年の興行収入10億円以上の映画における監督のジェンダー比率」において女性監督の割合が0%であったということだ。この結果から見えてくるのは、(興行収入が大きく見込まれるという前提で製作される)予算の大きい、メインストリームの配給会社と提携していると考えられる映画の製作を、女性監督が任されるというチャンス自体が極めて少ない、ということだろう。こうした解読を補強してくれるのが「日本製作者連盟(大手4社)製作・配給ラインナップにおける女性監督比率調査(※実写映画が対象)」である。この結果によると、2022年の大手4社による製作・配給42作品に関わった女性監督はたったの4名で、過去3年に比べれば多少は増えているものの、抜本的に女性監督の作品数が増えているとはいいがたい。
大手に限らずとも、2021年に製作された映画471本のうち女性監督によるものは57本で、全体の12%に過ぎない。このような結果を見て、「映画の撮影現場は過酷だから」と言い訳をする業界人もいるかもしれないが、では脚本に見る女性の割合を見てみるとどうだろうか。2021年に製作された映画のうち女性脚本家による作品は全体の21%に過ぎないと、JFPの結果は示している。小説家や漫画家など創作系クリエイターに女性が数多く参画していることと比べてみても、この数字は、映画業界が全体として女性を受け入れていないことをはっきりと示している。

 さらに二点目として、女性が多い職能が業界の中で低い地位におかれている、と指摘しておいたが、JFPにおける量的調査から分かるのは「衣装・メイク・美術・装飾」や「スクリプター」の仕事にはむしろ女性が多く携わっているという点である。しかし、この点をJFPによって公開されている質的(インタビュー)調査と掛け合わせてみてみると、これら女性が多い役職というのは、(映画年鑑などの統計資料には)名前が記載されないことも多く、賃金の面でも非常に低い価格帯で仕事を請け負わざるを得ない状況にあるということが明らかにされている。(同様の結果は、アメリカの映画業界を調査した結果でも示されている。Alison Harvey (2020) Feminist Media Studies, chapter6を参照)

このように、JFPによる調査結果は、映画業界の内部で働く人々のジェンダーギャップや労働状況に関して数多くの問題が残されていることを明らかにし、光を当ててくれる。ここで可視化された問題に、どのように取り組み改善していくことができるか、ということがここから先の課題となっていくことだろう。

 この調査結果をもとに、ぜひ業界のジェンダー不平等と非人道的な労働環境を告発する映画を撮ってほしいものだ。


※本プロジェクトは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界におけるジェンダーギャップ・労働環境の実態調査」(代表:歌川達人)の助成を受けて実施されています。

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