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論文紹介〜高齢者での厳格な降圧管理はいつまでやるのがよい?〜

久しぶりの論文紹介記事です。
以前、入院中の降圧治療について取り上げました。

今回は、"高齢の高血圧患者で、厳格な降圧治療はいつまでやるのがよいか? 推定予後がどれくらいあれば、まだ厳格な降圧治療を続けた方がよいと言えるか?"について答える文献を紹介します。

Time to Clinical Benefit of Intensive Blood Pressure Lowering in Patients 60 Years and Older With Hypertension〜A Secondary Analysis of Randomized Clinical Trials〜

60歳以上の高血圧患者における厳格な降圧治療の臨床的有用性が確認されるまでの時間〜ランダム化比較試験の2次解析〜

Tao Chen, PhD1,2; Fang Shao, PhD3; Kangyu Chen, PhD4,5; et al
JAMA Intern Med. 2022;182(6):660-667. doi:10.1001/jamainternmed.2022.1657

要約

Importance 重要性
 最近のガイドライン(*1)では、60歳以上の成人の収縮期血圧の目標を150 mm Hg未満,あるいは130 mm Hg未満とすることが推奨されている。しかし,厳格な降圧治療による害はすぐに起こり(例えば、失神、転倒)、心血管イベント抑制のための利益は時間とともに現れる。したがって、特に余命の限られた人々にとっては、害そのものや、有益となる可能性が低いかどうかを明確にする必要がある。

*1 各種ガイドラインの推奨降圧目標比較

Objectives 目的
 60歳以上の患者において、厳格な降圧治療から臨床的な利益を得る可能性があるまでに必要な時間を推定する。

Design, Setting, and Participants デザイン、セッティング、参加者
 この二次解析では、60歳以上の高血圧患者27,414例を対象とした公表済みの無作為化臨床試験の患者個人データを対象とした。患者レベルの生存データは、元のデータが利用できない場合に再構築した。2021年10月15日まで公表された臨床試験をPubMedで検索し特定した。

Exposures 曝露
  厳格な降圧治療 対 標準的な降圧治療
 treat to target design(例:<120mmHgを目標降圧する群 対 <140mmHgを目標に降圧する群のようなデザイン。実薬群 対 プラセボ群のようなものは含まない)の試験を組み入れた。

Major Outcomes and Measures 主なアウトカムとその測定
 各試験で定義された主要有害心血管イベント(MACE)は、心筋梗塞、脳卒中、心血管死亡率などすべての試験でほぼ同様であった。

Results 結果
 6つの試験(2つの試験のオリジナルデータと4つの試験の再構成データ)の27,414人(平均年齢70歳、56.3%が女性)が解析に含まれた。収縮期血圧の目標値を140mmHg未満とした厳格な降圧治療は、MACEの減少(21%)と有意に関連していた(ハザード比 0.79;95%CI 0.71-0.88;P < 0.001)。厳格な降圧治療を行った患者 500 人あたり 1 つの MACE を予防するためには、平均で 9.1 ヶ月(95% CI, 4.0-20.6 ヶ月)必要であった(ARR 0.002).同様に、200人(ARR 0.005)および100人(ARR 0.01)あたり1つのMACEを予防するためには、それぞれ19.1ヶ月(95%CI, 10.9-34.2)および34.4ヶ月(95%CI, 22.7-59.8)かかると見積もられた。
※ARR:絶対リスク減少

MACE:主要有害心血管イベント


今回紹介している論文(JAMA Intern Med. 2022;182(6):660-667.)のFigure2を引用
標準降圧治療群(ブルー) vs. 厳格な降圧治療群(オレンジ)
主要イベントの累積発生率とハザード比(HR)をみている(層別Coxモデルで算出)
(A)すべて
(B)厳格な降圧治療群=目標SBP<140mmHg(JATOS試験, VALISH試験)
(C)厳格な降圧治療群=目標SBP<130mmHg(STEP試験, Cardio-Sis試験)
(D)厳格な降圧治療群=目標SBP<120mmHg未満(SPRINT, ACCORD BP試験)

Conclusions and Relevance 結論と関連性
 今回の解析では、60歳以上の高血圧患者に対する厳格な降圧治療は、余命3年以上の一部の高齢者には適しているが、余命1年未満の高齢者には適していない可能性があることが示唆された。

感想

"降圧"治療の目標設定:やっぱり年齢で一概に区切るのはやめた方がいい

 ガイドラインではどうしても画一的になってしまうのはしょうがないですが、皆さんも臨床をしていると日々実感されると思います。90歳でもはつらつと元気でいらっしゃる患者さんもいれば、60代でもフレイルな患者さんもいます。高齢であっても「MACEを少しでも予防する」というゴールを目指すならば、厳格な降圧治療をお勧めしたほうがよいかもしれません。一方で、比較的若めでも予後1年未満と予測される場合は、血圧高値を許容し、投薬に伴う負担を避けることを勧めたほうがよさそうです。

Time to Benefit(TTB) と Time to Harm(TTH)

 SPRINT試験の参加者を対象に、6つの有害事象(低血圧、失神、徐脈、転倒による外傷、電解質異常、急性腎障害)の発症率、発症までの期間を調べた研究があります(Eur Heart J Qual Care Clin Outcomes. 2021 Jul 21;7(4):e1-e2. PMID: PMC9034202  doi:10.1093/ehjqcco/qcaa035)。 MACE減少という良い効果は、厳格な降圧治療開始後1年経たないと見られないし、約4年の観察期間に1.6%しか見られなかったのに対し、6つの有害事象は3ヶ月めくらいには出現し、約4年の観察期間で3.2%に見られました。
 害も同じ天秤にのせて判断しなければいけないですよね。では、推定される生命予後(1年未満 or 3年以上)のみを判断基準にしてよいのでしょうか?

Shared decision making(共有意思決定)の重要性:今の普段の生活や将来の生活を想像する力

 本当に目の前の患者さんにとってよい効果が期待できるのか? 患者さんにとって、なかなか想像も実感もしがたい数年先のMACE発症予防効果のために、多少の有害事象があっても続けるべきか? 有害事象一つとっても、患者さんのQOLを阻害する程なのか? QOLを阻害しなくても目に見えない生命予後や臓器機能予後に影響をあたえるのか? 常に疑問が沸き続けます。論文の結果だけでは解決できない疑問です。
 降圧治療ひとつとっても、やはり患者さんの普段の生活や価値観を拝聴したうえで、治療プランを話し合いながら決めていく(Shared decision making)のが良いと思います。

(文責:平松 由布季 東京ベイ・浦安市川医療センター)

※当記事の内容は、所属する学会や組織としての意見ではなく投稿者個人の意見です。
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