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ありがとう東京

このタイミングなんだ。

サヨナラからもうすぐ1年。
それは、こんなに明るい日差しの下で今、聞くべきことなんだよね?

「久しぶりに連絡取ったら元気そうで。なんか10年ぶりに彼女できたらしいですよ。そんな報告いらないって言ったんだけど」

笑顔で話し始めた知人に悪意があればよかったのに。心の中の変な色のかたまりを思いっきり投げつけて走って逃げ出せたのに。

動けなかった。一歩も。

「よかったですね。もういい歳ですもんね」

バレなかったと思う。ちゃんと笑えたから。

帰りの車で少しだけ涙が出た。
でもそれっきり。
その夜は2時間おきに目が覚めた。

朝が来てまた夜が来る。

大丈夫、私ちゃんとご飯を食べてる。



残業を片付けて迎えに来てくれた満月の夜、一緒に見上げた東京タワー。私の昔話を聞いたあと、帰りのルートを変更してくれた優しさをまだ消すことができない。あの日、背中に感じたぬくもりは、もう私ではない誰かのものなのに。


ーーー



ありったけの作品をファイルに入れた。

カタログ制作会社で新人の私が任されていたのは決まりきった商品ページのレイアウトだった。仕上がったカタログを見せたところで自分に興味を持ってもらうのは難しい、そう思った私は、よりによって2年前に作った学生時代の作品を転職希望先のデザイン事務所に持ちこんだ。

背の低い私が持つ大きくて重いファイルケース。スマートさなんて微塵もない。

待っていたエレベーターから男性が降りてきた。ペコリと頭を下げて道をあけた。


入社後の歓迎会で、5人の募集に50人の応募者がいたことを知った。欲しかったのは即戦力と新卒者。4人まで決めて迷っていた時に面接を担当したディレクターに社長が言ったらしい。

「あの子どやった?」

「まぁ普通ですね」

「ほな、あの子でええやん」

私は拾われた1人だった。


たいして若くもなく、たいして実力のない私は立ち位置を探し続けた。ヒールにスカート、好んで着る服もみんなと少し違う。同期も先輩も皆 親切だった。でもそれが逆に私を焦らせた。拾ってもらったのだから、みんなより頑張らないと。なにか役に立つことを見つけないと。痛いくらい真面目な24歳だった。


ある時、社長に手紙を書いた。コピーの勉強がしたいという、熱くて重い内容。当時コピーは外部のライターに発注していて、やり取りはFAXで。もともとコピーの仕事に興味があった私は、承諾を得て使用済み用紙をファイルしていた。行動に移したのはそれが数冊たまった頃のこと。

小さな会社とはいえ相手は社長だ。よくそんなことができたと思うけれど、今はあの時の自分を褒めてあげたい。おかげで四半世紀過ぎた今も、私は文字を扱う仕事をさせてもらえている。


社長は私をコピーライター養成講座に通わせてくれた。条件はたった一つ、受講後、遅くなっても会社に戻ることだけ。

外に出ると目の前に東京タワーが見えるビルの一室。講座を終え、缶コーヒーを買ってオレンジの塔を見上げる時間が好きだった。いつか、いつか私も。手のひらをギュッと握って上を向く。仕事に戻る私を、強くあたたかな光が見送ってくれた。

だから私はオレンジ色が好きなのかもしれない。


ーーー



同人誌マガジン『東京嫌い』
の告知が流れてきた時、私は家にいた。スカイツリーのすぐそばの事務所にはもう半年以上通えていなくて、環境が整っているとは言い難いMacを使って細々と仕事を繋ぐ日々。

21人の書き下ろし作品が読めるマガジンと知って、初めは購入を迷った。自分には眩しすぎるのではないか、連日、見せつけられる光に心が焼かれてしまうのではないかと不安になった。けれど、続々と発表される魅力的な執筆者の名前から目をそらせなかった。

誰も掬い取ってなかった「東京」

読んでみたい。



連載開始と同時に、私の卑屈な心はサッパリ消えた。

最近、動きが鈍っていた心が毎日揺さぶられる。気持ちがブンブン動く。始めたばかりのTwitterでnoteをシェア、帯なんてほとんど書いたことがなかったからやっていることがあっているのかどうかもわからない。でもとにかく感じた気持ちを言葉にした。

21作品、全てが素晴らしかった。本当に凄かった。


henzutsuuさんの『橙色に頬をぶたれる』という作品に付けた帯を、Yukiさんが賞に選んでくださった。

キラキラもペラペラも焼き付けた。
キュッと涙ぐんで次へ行く。

不完全なまま進め、ワタシ。


発表の記事に自分の名前がある。あっ、東京タワーのあのnoteだ。

私はものすごく嬉しいと声が出なくなるタイプらしい。iPadを見ながら数秒間、固まっていた。

でもなぜこれが?おこがましいけれど、もし私の書いたものを選んでくれるなら、他の帯の方が作品を紹介できているような気がしたのだ。もっと言えば、この帯だけは主人公に勝手に感情移入し、私が私に贈った言葉だった。これを帯にしていいのかと一番迷った言葉たち。

henzutsuuさんの選ぶ言葉にはどれも心を掴まれたけれど、中でも主人公が涙する場面に使われた「キュッと涙ぐむ」という表現が大好きだった。決意のある涙。私の人生の中にも確かにあった涙のシーン。こんなふうに物語を綴るhenzutsuuさんに深い魅力を感じた素敵な作品だった。



ーーー



10年ぶりに彼女ができたと話す彼にとって、私はなんだったのだろう。消えてしまった2人の時間。消されてしまった「ワタシ」という生き物。彼を責める気持ちはない。それでも居場所を失くした私は宙ぶらりんだった。こうなってよかったことを探し出し、こうなってしまった理由に上書きをする。毎日、疲れていた。

帯コンテストの発表があったのはそんな時。

私がいた。
そうだよね、私、消えてないよね。

ちゃんといるよね。

見つけて、選んで、褒めてもらえた。
いい歳をして恥ずかしいけれど、本当に嬉しかった。



このタイミングでよかったんだ。
笑って言える日がきっと来る。


キュッと涙ぐんで次へ行く。
不完全なまま進め、ワタシ。




*****


東京嫌いの帯コンテスト、
『Yuki賞』をいただきありがとうございました。

私にとって、忘れられない貴重な経験になりました。

選んでくださったYukiさん。
編集の林伸次さんふみぐら社さん
個性豊かな書き手の皆さん。
そしてツイートに反応してくれた方々に心から感謝します。

suzuco



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