見出し画像

極北/マーセル・セロー

この本はどう語ってもネタバレになってしまうので、筋については触れない。

世界の終わりの話はみんな好きだと思うが、実際に世界が終わりそうになってうれしいかどうかはまた別の問題だ。

極北は3月10日ごろから読み始めた。その頃はまだデパートや個人商店も普通に営業していたし、嫌ではあるが会社にも通勤していたのだが、そこから1カ月余りで全国に緊急事態宣言が出されることになって、今はほぼどこにも行けない。世界の終わりの話を読みながら、自分の周りの世界が日々本当に終わっていく。患者数は倍々に増え、自分の職場や家からそう遠くないところでもクラスタが発生し、最高40万人は死ぬと発表されて、政府は(和牛とか所得制限とかの紆余曲折の末に)10万円も本当にくれるのかどうかわからない。僕の職場は一応在宅勤務メインにはなったが、業務の都合上どうしても週に数日は出勤しなくてはならず、なけなしのマスクをつけておそるおそる電車に乗る。隣と向かいの人から充分に距離をとった位置に座り、そこで極北を読むと、今置かれている世界と極北の世界とどっちがマシで、どっちの方が事実っぽいのか朦朧とする。

それでもこの小説はめちゃくちゃタフだ、とにかく強いので、現実がここまで破綻している今でも物語としての力をもち、読者である僕に希望をくれる。主人公・メイクピースは精神も肉体も強靭でけっして弱音を吐かないし、凄惨な過去を背負いながらも人間への愛を捨てない。読みながらメイクピースとともに旅に出ている気持ちになって、どうか助かってくれ、よき未来を獲得してくれと思う。それは祈りだ。どうか助かってくれ、死なないでくれ、幸せになってくれ。この作品の物語についてそう祈っていたのが、いつの間にか現実の世界についても波及する。僕もあなたも、どうか助かってくれ、死なないでくれ、幸せになってくれ。

今いち個人としてできるのは、家にいること、祈ることくらいしかもうない。そのために強い物語の力を借りる必要があり、この本はまさにそれにふさわしかった。あとどのくらいこんな生活が続くのかまったくわからないが、もう少しこういう本を読んで、家で粘っていようと思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?