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今日をいい日にするのは、いつだって自分

最近「今日もいい日だったな」と感じることが増えた。

それはきっと、何でも考え方次第では、いい方向に変わることを学んだからだと思う。
落ち込む出来事よりも、楽しかった出来事について考えて、気持ちを切り替えられるようになった。
悪いことも、実は自分を幸せにしてくれるヒントが隠されているのかもしれない。

それに、ささいな日常の出来事は、私の心を鮮やかにしてくれる。少し嫌なことがあっても、小さな幸せが私を励ましてくれる。
嫌なことで頭の中を埋めるよりも、嬉しかったことや好きな人のことを想っていたいから。


ここからは小さな不満が、大きな幸せにもなることを知った瞬間について、少し語ってみようと思う。


***


学校に着いた途端、急に部活が休みだと知らされて、(せっかく外に出たのに…今日は悪い日だな…)なんて考えながら、どうしようかと途方に暮れていたとき。

お互い予定が空いていたので、どうせこのまま帰るならと、最近仲良くなった部活の友人とお出かけすることになった。
部活ではよく話していたけれど、大勢の中でも一緒に出かけたことはなかったから楽しめるか不安だった。


バスに乗って、2人で初めてのお出かけ。
予想に反して、とても楽しかった。


バスに乗っているときもほとんど会話が尽きなくて、私にしては珍しく沈黙も気まづくならなかった。
観に行った映画の「余命10年」は思っていたよりも良かった。私はじーんとくるだけだったけど、隣のあの子はマスクがびしょ濡れになるほど号泣していて面白かった。
2時過ぎの中華料理店は空いていて、2人でたくさんお喋りをしながらお昼をお腹いっぱいに食べることができた。中華のメニュー表で迷わずチャーハンを選んだときはちょっと笑ってしまった。食べているときもずっと楽しかったし、食の好みまで同じなのも嬉しかった。

家に帰ってからも、お互いにお礼のメッセージを送りあった。
メッセージの最後に書いた「また遊ぼうね」。
お互いが本心からそう思っているとわかっているから、余計に嬉しくてたまらなかった。
私たちの距離が、ぐっと縮まった1日だった。


今日も楽しかった。いい1日だった。

朝とは反対に、晴れやかな気持ちになれた。


***


前までの私なら、部活が休みになったと知った時点で、すぐに帰宅していただろう。
そして、「今日は最悪の日だった」と思いながら残りの時間を過ごすに違いない。

でも、
1日家で怠惰に過ごさずに済んだ。
学校までの道で運動できた。
部活がなかったおかげで1日友人と遊ぶ時間があった。
いい天気の日にお出かけができた。
いい映画が見れたし、美味しいご飯も食べれた。

ほら、こんなにも素敵なことがある。


ここで、私が何を言いたいかというと。


「それって、もったいなくない?」


ちょっと残念なこと、嫌なことがあっただけで、1日の価値を決めてしまうのは悲しい、と。


もちろん、どうしようもなく辛いことがあった日はしょうがない。悲しむことも大事だし、無理に明るくなれとは言わない。

でも、小さな幸せは日常に溢れている。


例えば、
いつもより早く起きられたとき。
ご飯が美味しかったとき。
お気に入りの服を着て出かけたとき。
久しぶりに友人や先輩に会えたとき。
読みたかった本が図書館に届いたとき。
手に取った本が面白かったとき。
かわいい子どもたちを見かけたとき。

特別なことは毎日なんて起きないから。
当たり前の幸せや喜びに気づいて、今日をいい日にしよう。



拝啓 毎日が灰色だった、昔の私へ


大丈夫。ちょっと自分が変わるだけで、あなたの人生は最高に楽しいものになる。

幸せはいつも、あなたの隣にあるんだよ。

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