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『フィッシュ・アイ・ドライブ』第10話:アウトロー同士の邂逅

 西船橋のラブホテルで朝を迎えた江崎南斗(えざきみなと)は、チェックアウトを済ますと、煙草が吸えそうな喫茶店を捜し、駅前の『サルビア』という昭和の雰囲気満載の店に入った。スポーツ新聞をめくりながら、トーストとサラダ、アイスコーヒーのモーニングセットを頼んだ。

 昨晩、デリヘル嬢とやるだけのことをやり追い出したあと、溝口に連絡をして、兵隊を五十人近く用意してもらい、すぐに東北自動車道および常磐道のサービスエリアの各地を張ってもらうことにした。

 フェラーリの特徴と、車両ナンバー伝えてある。見つけたらすぐに、自分に連絡するようにと指示した。

「おめえ、これだけの人を動かすってことは、分かってるよな」と、溝口は相変わらずの口ぶりだったが、「あの女のことはオレがいちばんよくわかっている。今はオレの言う通りにしてくれ」と、江崎南斗も啖呵を切った。

 箱崎希虹(はこざきのあ)とフェラーリ野郎は、芝浦公園から高速に乗っているはずで、常磐道で茨城からいわきの方へ行くか、東北道で宇都宮を超えて郡山の方から行くのかはルートが分かれるところではあるが、いずれにせよそれらの道は、仙台あたりで合流することになる。

 そこから先は、ルートが何通りかあるので面倒くさくなってしまうので、やつらが仙台に辿り着くまでに見つけられるのがベストだ。

 いずれにしても、箱崎家の言い伝えを信じているあの女が向かうところは、ただ一つの場所しかないわけで、そこにさえ行ければやつの尻尾を捕まえることはできる。だが、その場所から離れられてしまっては厄介なので、この数日の勝負ではある。

 だが、箱崎希虹の性格からして、昨日の夜中に、そのまま「彼の地」に向かっているとも考えにくい。オレを捲くことができたと油断しまくって、東京周辺に留まっている可能性も拭いきれない。気まぐれかつ、マイペースこのうえないB型女だ。飯が食いたい、酒が飲みたいとなり、高速から近場で降りているというのは十分ありえる。

 念のため、江崎南斗は、関東圏内の関係グループの連中にも依頼し、フェラーリ追跡包囲網を張っていた。

 スポーツ新聞も読み飽きた江崎南斗は、少し周辺でも散歩しようかと店を出ようとした時であった。

 あることが、ふと降りてきたのであった。

 ああ! 思い出したぞ、あのフェラーリ男。

 江崎南斗はスマフォを取り出し、千葉/元アウトロー/元起業家/逮捕/告白本 とググってみた。

 出てきた。

『闇に惑う』著者、檜山アキラ。帯文には、年商30億円の会社を経営する元カリスマアウトローの告白

とある。

 画像で再検索。間違いない。髪型はやや異なるが、日焼けしたイケオジ風を演出している、この男だ。こいつは確か、千葉のギャングスタ―で、起業してそのあと何かやらかしてムショに行っていたやつだ。そこで、過去に悪業をともにしていた仲間の名前を売って書いた告白本が売れ、のうのうと娑婆に出てきた。

 一時期はYoutubeにも頻繁に出ていて、ついこの間まで、全国の不良組織が集まり、リング上で喧嘩バトルを行うという、たしか『BURN OUT』という流行りのコンテンツかなんかで審査員なんかも務め、タレント気取りしていた野郎じゃねえか。

 江崎南斗は、よくぞ思い出した、オレって天才? などと思いながら、つい笑みがこぼれてくる。だからどうというものでもないのだが、なぜこの男と、箱崎希虹が一緒に? という謎は深まった。

 まさか、こんな芋野郎が、あの女の新しい男なのだとしたら、本当にどうしようもねえなと、なぜか怒りのようなものがこみ上げてきた。

 嫉妬? まさか、と江崎南斗はかぶりを振る。かつて惚れた女とはいえ、あの女に対しての、色恋の情など、いまや一切無い。

 無だ。ナッシングだ。街中のここあそこに蛆虫のように湧いてくる、有象無象に対して何の感情も抱かないように、あの女への感情、欲情、同情、軽蔑、憐憫、あるいは、悔恨、憎悪、嫌悪、あらゆる類の情のすべては、遠い過去に捨て去ってきた。

 その時、手に持っていたスマフォに電話の着信があった。

 関係グループのボスの一人である、柴田からだった。

「なんだよ」と江崎南斗は気だるそうに出る。

「江崎さん、見つけたみたいです」

「何を?」

「フェラーリですよ、江崎さんに依頼されていた」

「は? どこでだ」

「千葉の松戸って場所みたいです。ナンバーも一致していました」

「あの女もいるのか?」

「それが」なぜか、柴田の言葉がくぐもる。

 
 とりあえず江崎南斗は、指定の場所まで急いでタクシーで向かった。車両ナンバーが一致しているということは、やつらが乗っていたもので間違いはないと思うが、カモフラージュのために乗り捨てたか。

 少しでも手掛かりを見つけようと、追跡していたフェラーリが見つかったという松戸に向かう。西船橋からはそう遠くはない。

 やはり、やつらもそこまで遠くへは行っていないとみた。

 現場に到着すると、柴田の手下である人間が数人で江崎南斗を迎え入れる。場所は、夥しい数の廃車や瓦礫などが積まれた河川敷だった。日の光を反射させた真っ赤なフェラーリのボディが、ひと際、異彩を放って輝いている。

 すぐ脇には、手首と足首を縛られ正座させられた若い男が二人。見た感じ、EXILEみたいな髪型をした厳つい連中であった。

「誰だこいつら?」と江崎南斗は首を傾げる。

 それからフェラーリの周囲をぐるぐると回り、舐めまわすように見る。車両ナンバーも確かめる。

「ここで車をガチャガチャやってたところをたまたま見つけました」

「違う」

「へ?」

「車は間違いねえが、オレが追っているのはこいつらじゃねえ」

 手下らは互いに顔を見合わせる。

 江崎南斗は、縛られた男たち二人の前に立つ。男たちはこの状況においても、何かに怯えている様子はない。ただ、こちらを鋭い眼光で睨み続けている。柴田の手下が、すでに手をくだしているのだろう。顔中に青痣があり、額や頬、鼻などから流血している。

「お前ら、これどうした? 譲り受けたのか? それとも盗ったのか? 後者の方だろうけどな」

 江崎南斗が、男らに訊ねると、男の一人が「だったらどうしたって言うんだ?」と太々しく答える。

「どこでやった?」

「三郷」

「三郷? どこだそれ」

「埼玉だ。ちょうどその日に、三郷の「ZEUSU」の連中との交流会があったのよ」

「「ZEUS」? なんだそれ」

「ギャング仲間だ。兄弟分みたいなもんだな」

「お前らもギャングなのか?」

 江崎が煙草に火を点けながら訊く。

 男らは力強く頷き、「てめえら、ただで済むと思ってるなよ。手を出した人間、間違ったぞ」と勢いづく。

「どういうこと?」

 江崎南斗は、男の一人の前にしゃがみ込んだ。煙を吐き出し、男らに吹きかける。

「俺たちは、「冥王<HARDES>」、千葉のギャングチームだ。お前、知らねえか? 千葉最大のギャング組織なんだぞ」

「で?」 

 江崎はそう言うと、男の右目に煙草の先を突き刺した。

 何の躊躇もなく。

 男が、発狂したような悲鳴をあげる。

 隣にいたもう一人の男が、「てめえ、本当に知らねえぞ。地獄まで追いかけるからな」と、赤い血の混じった泡を飛ばしながら叫ぶ。

 そのまま、男が飛びかかってきて、耳に噛みついてきそうだったので、江崎南斗はひょいと立ち上がり、その男の顎を、つま先でサッカーボールのようにして蹴り上げた。

 男はグフっというウシガエルのような声を出して、後ろに倒れ込んだ。

「まあいいや、こんなのと遊んでいる場合じゃねえ」

 江崎南斗はそう言うと、柴田の手下を自分のもとに集める。

「お前らにもう一つお願いがある。三郷、あるいはその周辺の町。そこにあるレンタカー屋、カーシェア、片っ端から、二人の男女が長期間で車を借りていないか調べ上げてほしい。オレの予想だと、借りるのは男の方だ。一週間でも借りているやつがいたら、その情報を調べ上げてくれ。どんな手段を使ってでもだ。オレの言っていることがわかるよな? お前らのボス、柴田にもちゃんと連絡しておくからよ」

 江崎南斗は、そう言うと再び、二人の男らに近づく。

「これ、ここまでどうやって運んできたの? お前らの技術使えば、運転できるんだよね?」

 男らは江崎南斗を睨みつけている。

「それ教えてくれたら、君たちを解放しよう。その代わりこれは、今日からオレのものだ」

「それならここに」

 手下の一人が、車のキーを江崎南斗に手渡す。

「なにこれ」

「スマートキーとか、なんとかいうみたいです。これで、自在に操作できるみたいですよ」

「すげえなー、今の窃盗の技術は」

 江崎南斗はキーを受け取るとにやりと笑い、フェラーリのドアを開けて、愛馬に跨るようにして乗り込む。

「一度乗ってみたかったんだよな」

 キーのボタンを押すと、確かにフェラーリのエンジンがかかり、爆発音のようなサウンドが鳴り響く。

「ひょー、もはや芸術の域だなこりゃ」

 江崎南斗は初めて乗るフェラーリに興奮が隠し切れない。

「江崎さん、どうするんです?」手下の一人が訊く。

「オレはこいつでやつらを追いかける」

「どこまで行くんです?」

「日の本(ひのもと)だ」

 江崎南斗はそう言うと、着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。

「こいつらはどうしましょう?」

「川に捨てるなり、その「冥王<HARDES>」だかなんだかって組織に、死体で送り返してやるか、好きにしろ」 

 タンクトップ姿の江崎南斗の右腕に描かれた昇り龍のような巨大魚の刺青が、汗で輝き、水飛沫をあげているように見える。


続く

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