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『ポストマン・ウォー』第25話:大量の小包


『ポストマン・ウォー』第25話:大量の小包


 数日が経ち、八月に掛かろうとしていた。
 
局内の話題はもっぱら、夏季休暇をどのような順番でとっていくかであった。

「中谷君、どうするの? 彼女もいないなら、いつでもいいよね」

「矢部さんこそ、暇すぎてすることないんじゃないですか」 
 
 そんな会話の流れで、矢部さんは調子に乗って高城さんに「高城さんは彼氏とどこか行くんですか?」と鎌をかけてみるが、高城さんは一切表情を変えず「私は盆に合わせてとらせてもらいます」と冷淡に答える。矢部さんは肩をすくめ、中谷幸平の方を見る。

 また夏季休暇の話題かと、中谷幸平は思いながらも、ノープランなので、正直どうでもよかった。遠藤桃子と本当に旅行でも行こうか、と呑気に考えていると、突然、郵便局前に不穏な車が停車するのがわかった。
 
 停まった車は黒のハイエースで、ドアが開くと、中から数人の派手な格好をした女性がぞろぞろと出てきた。なんだなんだと、局内がざわついたが、すぐに『カササギ』の女性陣ということが分かった。ミカ、ナオ、ミサ、ユキ、マリ、いつものメンバー総出である。マリが先頭を切って店内に入ってきて、中谷幸平がいる郵便窓口にやって来る。

「どうした?」

 中谷幸平は思わず身を乗り出す。

「中谷サンコンニチワ。大量ノ郵便物。送リタイ」

 マリがそう言って外の車両の方に目をやるので見ると、ドルジさんがバックドアを開けていて、そこからバケツリレーのような形で、数人の女性たちで次々と段ボールを運び出す。

「なになに」

 矢部さんや柴田主任までも身を乗り出してくる。
 
 郵便窓口の前に積まれたのは、三十くらいはあるであろう、大量の段ボールであった。引っ越しでもするのかというくらいの物量であったが、これを小包として送りたいというのであった。普段、目にしたことのない物量に、中谷幸平は唖然とするしかなかったが、次の客も来るから、のんびりはしていられないと、柴田主任がすぐに仕切り始めた。

「まずは重さ測って、一つ一つ金額出して。切手を貼るのは後でいいから」
 
 小包は重さと場所により金額が決まり、五百円なら五百円でその分の切手を貼る必要がある。ただ、それをいちいちやっていては、とても間に合わないということで、まずは料金だけ出せという指示である。幸い、他の客がいなかったので、貯金と保険の担当である矢部さんや高城さんも総出で荷物を捌くことになった。

「一体何を送るんだい?」

 思わず中谷幸平がマリに訊く。マリはそんなこと聞かないでという表情で中谷幸平を見て、返事をすることはなかった。

「ゴメンナサイ。一ツノ郵便局デハ迷惑カカルカラ、他ノ郵便局デモコウシテイル」
 
 聞くと、このような大量の郵便物を『カササギ』のメンバーで手分けして、数か所の郵便局から発送をかけているのだという。

「お会計は、一万八千九百です」すべての小包を捌くのにどれくらいかかったであろうか。金額も相当なものになっている。マリが財布から二万円を取り出し、支払った。『カササギ』のメンバーは終始、どこかそわそわした感じであった。いつもならちょっとした会話を挟んでくるマリもミサも、急いでいるからという感じで、支払いが終わるとすぐにハイエースに乗り込み颯爽と行ってしまった。

「いやー、すごいな、中谷君。郵便だけで二万円というのはすごいことだぞ。ついに大口を掴んだな」

 矢部さんはカウンター脇では収まりきらず、フロアに積むことになった小包を見上げて感心する。柴田主任も一体何が起きたのだと、目をパチクリさせているが、小包の宛先一つ一つを見て、何かが気になったようだ。

「これ、宛先がどこもK町とかU野ね。都内なら自分たちで直接届けた方がよほど安上がりな気がするけど」
 
 柴田主任に指摘され、中谷幸平も改めて宛先を確認する。さっきまでは、量を捌くのに必死で、宛先の一つ一つなど気にも留めていなかった。

「届け先はすべて中国人みたいね。王さん、李さん、張さん、周さん・・」
 
 柴田主任が一つ一つ名前を読み上げる。
 
 中谷幸平は少し嫌な予感がした。『カササギ』のメンバーが中国人に贈り物?
 
 それは一体何を意味するのか。マリの手紙の内容を知っているからこそ、邪推しか浮かんでこない。

「何だろうな」

 矢部さんが腕組みをして何かを考えている。

「この時期に大量の小包って、不自然といえば不自然ですよね」

 中谷幸平は矢部さんの方を振り返る。矢部さんなら何か知っているのではと少しは期待したが、矢部さんは首を傾げるだけであった。

「まあ、そんなことはどうでもよいか。とにかく二万円を売り上げた。その事実がすべてだよ」

 矢部さんはそう言って中谷幸平の肩に手を置く。

「中谷君が『カササギ』に通った結果だな」

 矢部さんは自分の後輩の成果が誇らしいとばかりに、柴田主任らに聞こえるようにして大きな声を出す。

「他にお客さんがいなくて良かったわよ。混雑時にこんな荷物持って来られたらいい迷惑だわ」

「すみません」と、なぜか中谷幸平が謝っていた。
 
 怒涛の荷捌き後は、平穏に時間が過ぎていった。今日も定時には帰れるだろうというくらいの業務量である。

「久しぶりに打ちに行こう」

 帰り際、矢部さんがパチンコ屋に行こうと誘ってきた。

「こういう乗っている時は、勝負運も絶対いいから。今の中谷君は勢いがあるよ」
 
 矢部さんにそう言われ、何となくそんな気がしてしまったというのもあるし、今日の出来事で放心していたのか、中谷幸平は特に抵抗することもなく矢、部さんの言うようにパチンコ屋に付き合うことにした。
 
 予想していたように仕事が定時に終わると、矢部さんと二人で真っ先に『プラチナム』に向かった。店には小沼カップルもいて、矢部さんはいつものように小沼先輩らとスロットに興じるという。
 
 中谷幸平はパチンコしかできなかったので一人『海物語』の台を選んだ。煙草を吸いながら、ぼんやりとハンドルを握る。初めて来た頃は耳障りでしかなかった店内アナウンスやパチンコ台から流れてくるメロディ、じゃらじゃらと流れ出るパチンコ玉の音にも慣れたものであった。人はすぐに、環境に適応するものだから、恐ろしいものだ。そんなことを思いながら、回転するスロットの数字一点を見続ける。
 
 五、五、三。四、四、二。何度となくリーチはあるが、当たる気配は一向にない。千円札が次々と吸い込まれていくが、中谷幸平は気にならなかった。一万円くらい使わないと当たりは来ないということがわかっていたからだ。いつの間にか、矢部さんと同じような感覚になっていることがわかる。
 
 ふと、マリのことが気になった。手紙のこともそうだし、尋常ではない大量の小包。その後の素っ気ない態度。まるで中谷幸平には事情を知られたくないとばかりの様子だった。たんに郵便を送るということで、あのような態度になるだろうか?
 
 送り先が、すべて中国人の姓名というのも気になる。『カササギ』が親しくする中国人関係者などいるのだろうか。むろん『カササギ』の一顧客でしかない自分にそんなこと知る由もない。だが、自分は手紙の内容を知ってしまっている。

「私たちは中国人に苦しめられています」

「私たちは戦うことでしょう」

「仕返しは必ずします」

 自分の翻訳に間違いがなければ、手紙はそのように書かれていた。そしてドルジさんが片目を負傷した、『桃源郷』の連中による非道な暴行。
 
 まさか、と中谷幸平は思ったが、その思いは何度も打ち消した。
 
 そんな考えは間違っても起こしてはいけない。目の前のパチンコに没頭することだ。
 
 パチンコ玉は勢いよくはじき出され、カラカラと音を立て、釘と釘に絡まっていく。方向を変え、別の釘がある方に散っていくもの。釘と釘の間を上手にすり抜けていくもの。大抵のものは一番下のアウト口に吸収されていってしまうが、ごく僅かな玉だけが、チューリップと呼ばれる口に落ちていき、スロットマシンが起動する。まるで自然淘汰である。
 
 その玉は、他の玉と何の差異もない。ただ、他の玉とは違い、弾かれた順番、タイミング、落ちる場所、釘の位置、あらゆる環境が「他とは違っていた」という事実により、運命を勝ち取るのである。偶然といえば偶然だが、それは人間の視点においてそうなのであり、すべての事象を司る神の視点においては必然として起こるものなのだろう。
 
 そういえば、と中谷幸平はたまたま本で知ったインフレーション宇宙理論を思い出す。宇宙の始まり、ビッグバンはまさにこのチューリップに吸い込まれ、勝ち抜いたパチンコ玉のようなものだという例えがあった。

 流れゆく無数のパチンコ玉は量子の揺らぎであり、パチンコ台は真空、無である。そこから、エネルギーを与えられ放出され弾け飛ぶ粒子たち。そこで偶然の必然を勝ち抜いた粒子は、「始まり」の入口に吸い込まれ、それまで溜め込んでいた摩擦熱を一気に放出する。
 
 ビッグバンだ! 
 
 大当たりである。確変突入の合図が出される。しかし、中谷幸平は立ち上がると、二階にいる矢部さんたちの方に足早に向かった。血相を変えて突然現れた中谷幸平に、矢部さんも小沼先輩もびっくりした声をあげる。

「どうした、中谷君、そんな怖い顔して」

「ちょっと急用ができてしまいまして、今日は帰ります。帰るんですが、自分の台が確変に入ってしまったんで、誰か代わりに打ってくれませんか」

「うそ、なら私打つよ」

 小沼先輩の元カノである恵子先輩が目を輝かせて立ち上がる。
 

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