見出し画像

小説|腐った祝祭 第ニ章 8

前 小説|腐った祝祭 第ニ章 7|mitsuki (note.com)

 大使館についた頃には、カレンの言う気分は良くなったようだ。
 カレンをしばらく宿泊させると言うと、クラウルは面食らっていた。
 サトルは言った。
「礼を尽くす必要はないよ。ただの居候だから」
「あら、酷い人ね」
 カレンは笑っていた。
 クラウルは複雑な表情をしていたが、「承知しました」と言ってその場を去っていった。
 クラウルはカレンを見るのに少し苦労しているようだった。
 カレンは黒いワンピースの上に揃いのジャケットを着ていたが、どちらも身体にフィットしたデザインだった。そのうえ胸元の切込みが深く、誰が見てもそこに視線が注がれるように設計してある。
 部屋の用意を頼んだミリアまで、カレンの胸元を見ないようにするのに苦労しているようだった。
 夜会服以外でここまで大胆なデザインは、ルルではあまり見かけない。
 ミリアが先導して、廊下を歩いた。
 ナオミが初めに使っていた部屋の前に来ると、カレンは急に足を止めた。
 そして言った。
「この部屋がいいわ」
 ミリアが振り向いて、困ったようにサトルを見上げる。
「そこは駄目だ。ミリア、いいから奥の部屋に準備してくれ」
「イエス、サー」
 ミリアは廊下を進んで、別の部屋へ入っていった。
 カレンはドアの前まで歩いて、白い扉に手の平をあてた。
「どうして駄目なの?部屋は沢山あるんでしょう。私に選ばせてよ」
「駄目だ」
「でも、ここがいいの」
「駄目だと言っている。ベラのために君のわがままは聞くつもりでいる。でも、度が過ぎれば話は別だ」
「ベラごとルルを追い出す気?」
「いざとなれば仕方ない。所詮、私は何の痛手も受けない」
「そう。仕方ないわね」
 カレンにあてた部屋はナオミの部屋よりも小さく、キッチンも付いていなかったが、文句を言うほど狭くはないはずだ。
 実際文句は言わなかった。
 カレンの荷物は一時間ほどもすると大使館に運びこまれた。
 スーツケースが一つという身軽さだった。
 それが届くとカレンは食事はいらないと言って、一人で出かけた。
「ベラの家に戻らないように。それから、ベラを呼び出さないように」
「判ってるわよ」

 サトルはカレンが出て行くと、ミリアをつれてナオミの部屋へ入った。
 室内にはほとんど手を付けていなかった。
 衣装室にはまだ服や靴やバッグなどが幾つも並んでいた。
 それを前にして、サトルは多少芝居がかった溜め息をついた。
「さてと。どうしたものかな」
「処分されるのですか?」
「このまま置いていても仕方ないだろう?」
「でも」
「なに?」
「淋しく思います」
 サトルはドレスの一つを手に取る。
 ナオミが一度も着なかった桜色の服だ。
 そんなものも幾つか残っていた。
 ナオミが気に入らずそのままになっていたものや、季節が来れば着ようと思っていたものだ。
「新しいやつは、そのうち業者を呼んで引き取らせよう。死んだ後では返品されても店は困るだろうからな。靴もバッグもそうしよう」
 サトルは鼻で笑った。
「幾らかにはなるだろう。カレンの食費くらいは稼げるさ」
 ドレスの裾から手を離し、宝飾類をしまってある猫脚のチェストの引き出しを開ける。
 すべて目を通した後で、ミリアを呼んだ。
「ナオミのアクセサリーはこれだけかい?」
 ミリアは引き出しを覗き込む。
 上から二つを順に見せ、最後の三段目も見せたが、それにはスカーフやハンカチーフしか入っていない。
「そうですね、見たことのあるものは揃っているように思いますが。ナオミ様は、それほど宝石類にはご興味がなかったようですもの。どれもサトル様のプレゼントでございましょう?」
「ああ。私も見覚えのあるものばかりだよ。でも、ナオミは自分でも宝石を買っていたんだ」
「あら、意外ですわ」
「よく買い物に行っていただろう?」
「そうですわね。でも、いつも散歩だとおっしゃっていましたわ」
「散歩がてら、ぽんぽん宝石を買っていた。それがこの部屋にはない。どういうことだろう」
 しばらくして、ミリアは驚いたような声を出した。
「まさか!私どもじゃありませんわ、サトル様!女中たちにそんな人間はおりません!」
「え?」
 すぐ近くで大声を出されて、サトルの方が驚いてしまった。
 そして、意味が判ると笑い出した。
「ああ、そうか。大丈夫だよ。君らが盗んだとは思ってないから。ここの廊下にはカメラだってあるんだ。君らがそんな大胆なことするとは思っていない」
「まあ!カメラなんかなくたってしませんわ」
 ミリアは怒って口をへの字に曲げた。
 サトルはクスクスと笑う。
「判ってるって。でも、おかしいな」
「本当にお買いになられているんですか?」
「ああ。明細が送られてきたから確かだよ。それ以外にもカードを使って買い物をしているが、それらはほんの小さな額だ。食事をしたり本を買ったりしたんだろう。大きなものは宝石ばかり。しかも、かなりの頻度で買ってる」
「信じられません」
「そういえば、彼女のお父さんが妙なことを言っていたな」
「なんでしょう?」
「ナオミの口座を調べたら、預金が無くなっていたそうだ」
「まあ……」
「彼女に自分の預金を使い果たさせるほど、私は甲斐性なしだったと思うかい?」
「まさか。冗談にもなりませんわ、そんなこと。それに、ナオミ様がそんな不満をもらされたことなんてありませんでした」
「そう。安心した。実家には香典としてある程度送ったから、その点で文句は言われないとは思うけどさ。でも、解せないね。確かに私がナオミ用のカードを作るまでは、彼女は自分の預金を引き出して使っていると言ったよ。でも、私が聞いた時点で、少しは預金があるんだって言ってたんだ。元々いくらあったのかは知らないけど、それほど少なかったとは思えないな。思い立って一人旅に出たんだよ?ある程度なければそんな思いつきも実現しなかったろうし、彼女は見るからに浪費家ではなかった。少なくとも、カードを渡すまではだけど。そこそこの預金は持っていたんじゃないかな。だって、父親が不思議に思って、私に尋ねるくらいだからね」
「そうですわね。あ、セアラに聞けば判るんじゃありませんか」
「まあね。彼女、今日は?」
「お休みをいただいています。明日にでも聞きましょう」
「私はセアラには嫌われてるからな」
「そんな事はございません。まあ、少しは怖がっているようですが…」
 サトルは苦笑いした。
「仕方ないよ。でも、よしておこう。どっちにしろ、こんなのはつまらない事さ。ナオミが自分の金で何を買ってどうしていたにしろ、私が詮索することじゃないからね」
「でも、大金でございましょう?」
「ナオミに渡した金だ。彼女が私に何も言わなかったのなら、私もことさら探ることはしないでおこう」
「そうですか……。なんだか心配になって来ましたわ。一度、カメラの映像を確認した方がよろしいのではないでしょうか」
「おや。今度は君が身内を疑いだしたね」
 サトルがからかうと、ミリアは残念そうに俯く。
「だって……」
「判った。忠告ありがとう。後で監視小屋に行ってみよう。とりあえず、この部屋の戸締りは怠らないように頼むよ。あの妙な占い師が、この部屋に目を付けたみたいだから。中を荒らされちゃ困る」
「承知いたしました」
 サトルはミリアに言われた通り、監視カメラの映像を警備員と一緒に確認したが、何も不審な点はなかった。
 女中以外でその部屋に入っていく者はなかったし、入る時はいつも二人以上で、セアラでも一人で部屋に入る場面は無かった。
 とは言え、彼女たちなら盗もうと思えば盗めるだろう。
 カメラ前で平静を装うことだってできるだろう。
 しかし、映像を見ながら、別にそれでも構わないかと、サトルは面倒な気分になっていった。
 そんなものより、他のことが気になっていた。
 そして夕食をすますと、再び監視小屋に足を運んだ。

次 小説|腐った祝祭 第ニ章 9|mitsuki (note.com)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?