小説|腐った祝祭 第ニ章 2
空港に用意されたのは皇太子専用のジェット機だった。
大使館で棺を替えてナオミは運ばれた。
棺にはグリーンの布をかけられ、機内に運び込まれた。
運んでくれたのは皇太子が連れてきた宮廷警察の警察官たちだ。
ナオミの帰国に際して、皇太子は自ら進んで助力してくれた。
帰国後の対応も、ルル王国の大使館員が協力してくれることになっている。
ナオミの見送りには皇太子もモルガ女史も来てくれた。
モルガは泣いてくれた。
滑走路脇で、両親がタラップを登るのを地上で見送った。
機体は専用車輌に曳かれて滑走路に位置し、そのうちエンジンを唸らせ動き始めた。
ゆっくりと、そして徐々にスピードを上げ、爆音をあげながら飛行機は走り出した。
サトルの足が自然、前に進んだ。
離陸すると、サトルは足を速めた。
「閣下」
クラウルの声が聞こえたが、サトルは走りだした。
飛び立った飛行機に向かって。
後をクラウルや皇太子、警察官が追いかけてきた。
クラウルから腕と胴体をつかまえられ、サトルは足を止められた。
妙な動悸を感じた。
「ナオミ」
と呟くと、息が苦しくなってきた。
気のせいではなく、本当に苦しくなった。
「閣下?」
胸と喉を押さえて苦しみだしたサトルの体を、クラウルが支える。
皇太子も加勢してくれた。
サトルはひきつけを起こしたようになり、地面に倒れこんだ。
呼吸が酷く乱れていた。
「サトル!」
周囲が騒がしくなり、サトルの意識は朦朧としてきた。
誰かが何かを叫んでいた。
サトルは苦しいまま、意識を無くした。
気付いたのは空港の医務室だ。
サトルを見て、クラウルがほっとしたように息をつく。
反対側にはモルガがいた。
「閣下。ご気分は?」
「うん」
サトルはしばらく額に手をあてていた。
それから髪をかき上げると、ふうっと息をついた。
モルガに言った。
「すみませんでした。なんだか、恥ずかしい所を見せてしまったようですね」
モルガは首を振る。
「そんなことないわ。過呼吸を起こしたのよ、あなた。寝てる間に鎮静剤をうったわ。気分はどう?」
「ええ。大丈夫です」
「よかった。ゴメンなさいね。あの人は用があって、どうしても帰らなきゃならなかったの」
サトルは微笑む。
「何をおっしゃるんですか。殿下には本当にいろいろとお世話になってしまいました。見送りにまで来てもらって。光栄でした」
「当たり前よ。あなたは親友じゃない。ナオミさんのこと、私たちだって悲しいのよ。あなたとお似合いだと思っていたのに。こんなことになってとても残念だわ。でも、気をしっかり持ってね。私たちは、あなたとナオミが夫婦だったことの証人よ。彼女が帰ってしまったことは悲しいけれど、あなたとナオミの絆は切れはしないわ」
「ありがとうございます」
「医師に、あなたが目を覚ましたこと伝えてくるわ」
クラウルが慌てて立ち上がったが、モルガは手を上げて制し、部屋を出て行った。
「クラウル」
「はい。閣下」
「墓地はキャンセルしていないよね」
「はい。まだ何の連絡もしておりませんが」
「明日、埋葬する。ナオミの墓石を発注してくれ」
「しかし、閣下……」
「やっぱりあの棺は大き過ぎたね」
サトルは笑った。
「でもいいだろう。いろんなものが入るぞ。まずはウエディングドレスだ。揃いのベールに靴。ティアラ。首飾り。ドレスは六着ぐらい入れておくかな。一週間分だね。靴も。雨が降った時のために、あのお気に入りのブーツも入れるかな?あと、バッグも選ぼう。ねえ、あんまり入れたら窮屈かな?」
「閣下」
「いいだろう?だって、立派な棺なんだよ。ナオミが気に入るように色だって細かく指定したんだ。深いグリーンで、光沢はエメラルドを思わせるように。銀の縁取り。密閉できて、頑丈で、最高の素材をもちいて…」
「承知しました」
クラウルがやけに凛々しい声でそう言った。
サトルは天井から、クラウルに目を移す。
「お任せください。明日の朝までに用意させましょう」
その夜はクラウルとミリアと、そしてセアラにも手伝ってもらい、棺に納めるものを選んだ。
セアラは時々泣いて手を止め、ミリアに怒られていた。
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