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小説|腐った祝祭 第一章 28

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 葬儀から帰ってきたのは、夜の九時頃だった。
「お疲れ様でございます」
 迎えてくれたクラウルに、玄関でネクタイを緩めながら言う。
「しばらく屋敷にいたから遅くなった。すまない。君も忙しかったろう」
 ネクタイと上着を女中に預けて、ひとまず執務室に入った。
「国葬は二月の初めにあるらしい」
「二月でございますか」
「一月は祝賀ムードが残ってるし、催し物も多いからね。ベラが望んだんだ」
「さようですか」
 書類を読んだり書き込んだりしているうちに女中がコーヒーを運んできてくれた。
 それで思い出し、彼女が出て行ってからクラウルに聞く。
「ナオミは?」
「居間で待ってらっしゃると思いますが」
「そうか」
 溜め息をつき、本国への報告書の上に万年筆を置いて、背伸びをする。
「結婚式が葬式になってしまったな」
「そうでございますね。閣下、これもお書きになられますか?」
 書棚から取り出したファイルから、クラウルが一枚の紙を引き出した。
 赴任地での冠婚葬祭に対する経費の請求書だ。
「ああ。ありがとう」
 机の上に仕事が一枚増えた。
「結局何時に帰ってきたの?」
「4時20分頃でした」
「そう。なにを買ってきた?」
 クラウルは言われて、不思議そうな顔をする。
「そう言えば、何もお荷物はお持ちではありませんでしたね」
「なんだ。後で送ってくるのかな。あれ?しまった!」
 サトルは慌てて椅子から立ち上がった。
「閣下?」
「ああ、仕事は明日するよ。君ももう休め。おやすみ」
「あ、はあ」
 要領を得ない顔のクラウルを残して、サトルは公邸の居間へ急ぐ。
 ナオミはルルの写真集をテーブルに広げて見ていた。
 サトルを見上げて微笑む。
「お帰りなさい。みんなが仕事してるって言うから、ここにいたの。終わったの?」
 サトルはナオミの隣に座った。
「駄目だよ、ナオミ」
「え?」
「ちゃんと言ってくれないと。私はすっかり忘れていた。どうして忘れていたんだろう」
「どうしたの?」
「買い物に行くなら行くって、私に言わないからだよ。君の自由にできる金を用意するのを忘れていたよ」
「ああ」
 ナオミは頼りなく笑う。
「買い物って言っても、散歩みたいなものよ」
「それでも不便だろう。まったく。君が自分だけで出かけるなんてあまり考えてなかったから、そっちに頭が回らなかったんだ。すまない。明日にはカードの手配をするから、個人認証はどうするか考えておいてくれよ。手でも目でも」
「ありがとう。でも、私も少しは預金があるのよ」
「なに言ってるんだ」
 ナオミを抱きしめる。
「自分の奥さんに生活費も渡さないなんて、私はまったく愚かな男だ」
「まだ奥さんじゃないもの」
 体を離す。
「今日はすまなかった」
 ナオミは首を振る。
「仕方ないわ」
「また初めからやり直しだ。予定を入れるにも、もう明日は三十日だろう。教会を借りるだけでも一月の二日以降になると思うよ。その上、客を新たに招待しなきゃならないんだから」
「私、平気よ、サトルさん」
「だけど、ナオミ」
「ねえ。いっそのこと、もう春まで待ちましょう?父と母が来てからでいいわ」
「四月まで待てって言うのか?私は君を妻だと、みんなに早く堂々と紹介したいんだ」
「だって、亡くなったのは親しい方なんでしょう?しばらくはお祝い事なんか控えた方がいいんじゃないの?それに、結局、正式なものじゃないんだもの。同じパーティーを何度もする必要はないでしょう?」
「……判った。明日、殿下にもそう伝えておこう」
ナオミの手を握って指先にキスをすると、サトルはすぐにいいことを思いついた。
「ナオミ。私は明日少し忙しいんだ。だから、セアラと街に出かけるのはいいけど、ちゃんと今日みたいにリックを連れて行くんだよ」
 ナオミは少し驚いたような表情をして、笑った。
「ええ。判ったわ。でも、リックのお休みは?みんな明日も仕事なの?」
「使用人の休暇は交代制でちゃんと決まっているよ。リックは多分、元日からだったと思う」
「そうなの」
「明日はいいけど、大晦日は私に付き合ってもらう」
「ええ。何処かに行くの?」
「秘密。でも、きっと気に入ると思う」
 ナオミは首を傾げていた。

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