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小説|腐った祝祭 第ニ章 28

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 でも、それは駄目よ、ミカ。
 サトルさんはね、孤児院とか、孤児院や修道院を持っている教会に沢山の寄附をしてるの。
 他には先天病専門病院とか、義肢装具製造会社とか。
 外国人が沢山招待されているパーティーなんかでは、サトルさんに寄付金を預けるお金持ちも多いんだって。
 私たちが見たこともないような額の小切手を渡して、「好きなように振り分けてください」って言うそうよ。
 でもね、サトルさん自身はそういうの嫌ってるの。
 話をしてても何となく感じるんだけどね、慈善活動って言われるものを見るサトルさんの目はとても冷たいわ。
 軽蔑してると言ってもいいかもしれない。
 そういう話は一切私にはしてくれないの。
 自分が寄附してるなんて、私に知られたくないみたい。
 でも、機会があって、孤児院の話だけは私も知る事になったの。(サトルさんの前でってことよ)
 ミリアを尋ねに、孤児院のシスターが大使館に来たことがあったの。
 その時、たまたま私も傍にいて話を聞いたのよ。
 サトルさん、凄く嫌そうな顔してたわ。
 シスターの目の前じゃ我慢してたけど。
 私、二人になった時に思い切ってその話を持ち出してみたの。
 そしたら、凄く不機嫌になっちゃった。
 孤児院に幾らか寄附したら、ルル王室から勲章がもらえるんですって。
 それを10個ためて、こっそり売るつもりだそうよ。
 世界の金持ちの中には変なコレクターが沢山いるから、その人に高く売りつけるんですって。
 それでサラブレッドを買うって言ってたわ。
 嘘に決まってる!
 でも、怒ってる感じだったから、もうそれ以上は何も言わなかったの。
 だからね、とにかく秘密なの。
 私がやってることは、当分の間はトップシークレットよ。
 でないと嫌われる気がする。
 サトルさんに嫌われるなんて絶対いやだわ。
 考えたくない。


「それじゃあ、君たちがここのスタッフなんだね」
「はい。リックさんには止められましたが、私たちは御葬儀に参列させてもらいました。邪魔だったでしょうが、どうしてもお別れを言いたくて……」
「そうだったの。気付かなかったよ。ありがとう。ナオミも喜んだと思うよ」
「大使様にも、いつかはお礼をと思っておりました。でも機会がなくて、本当に、申し訳ないです」
「私に頭を下げる必要はないだろう」
「しかし」
「ありがとう。でも、これは全てナオミが考えてやったことだから。私は少しも関与してない」
「ナオミ様は出来上がった食事を提供するより、自分たちで店を経営した方が合理的だと言われていました。パンを買うより小麦粉や塩を買う方が安いし、パン職人を養成することもできると。ルルの食品は高いけど質がいいから、職人の腕が良ければきっと美味しいパンが焼けるとおっしゃって」


 今日、スージーの具合が悪かったの。
 風邪をこじらせたみたい。
 お医者様を呼んでね、お薬をもらったわ。
 肺炎は起こしていないけど、歳が歳だから気をつけなさいって。
 でもスージーはすぐ無理をするから心配よ。
 ここでは赤ちゃんとお年寄りの医療費は無料なの。
 だから、そういった無理はないから安心なんだけど、寝てていいのに何かをしてくれようとするのよ。
 お茶を入れてあげようとか、クッキーを焼いてあげようとか。
 でも今日はなんとしてもベッドに横にさせてたわ。
 だって、熱があるのに動こうとするんだから。
 それで、今日は私が夕食用にスープを作ったの。
 かなり美味しくできたんだから!
 でも、スージーがそれをものすごく喜んでくれて、私、何だか悲しい気分になったの。
 嬉しいんだけど、悲しかったの。
 私がやってることって何だろう?
 これって欺瞞じゃないのかしら。
 スージーは私を娘みたいに思ってくれてるのよ。
 嫁ぎ先で嫌なことはないかとか、困ってることはないかとか、いつも聞いてくれる。
 私、何も困ってることなんかない。
 充分すぎるくらい幸せよ。
 私もスージーを大事に思ってる。
 でもスープを作ることくらいしかできない。
 私が帰ろうとすると、もう少しって引き止められて、でも本当は、スージーは私と一緒に暮らしたいくらい淋しいのよ。
 ううん。
 本当は、子供や孫に帰ってきて欲しいのね。
 だけど、私は帰らなきゃいけない。
 不可能でないことを可能にするのは、時々不可能に思えることがあるわ。
 ゴメン。
 よく判らないわね。
 とにかく、今日はブルーなの。
 家に帰ったら、サトルさんが先に帰ってて、凄く不機嫌だったし。
 玄関で待ってたのよ。
 ちょっと怖かった。
 サトルさんも淋しがり屋なのよ。


「初めは私らも、売り物になるようなパンなんか、作ったことなかったんですよ」
「最初は何回か、他の評判の店にナオミ様が頼んでくださって、パン職人に来てもらったんです。それで教えてもらって」
「あん時は楽しかったなあ。リックさん不器用で」
「君もパンを作ったのかい?」
「は、はい。ナオミ様がみんなでやろうと言われるので、私も、セアラも、ナオミ様と一緒になって」
「みんなでね」
「すみません」
「本当だよ。私のナオミとそんな楽しいことをしておいて、よくも黙ってたね」
「申し訳ないです……」


 完成!
 この一帯にパン屋さんはなかったけど、鍛冶屋さんがあったのはラッキーだったわ。
 何色にするか凄く迷ったの。
 だって、これでも車のデザインに関わる仕事をしてたのよ。
 下手なことできないじゃない?
 散々悩んだけど、今日最後の仕上げの塗装をしてきたのよ。(塗装といっても、みんなで地道に刷毛で塗ったんだけど。でも楽しかった)
 結局、五台全部赤一色にしたの。
 色の許可を取るのに何日かかかっちゃった。
 ありふれてる?
 でも凄く評判がいいんだから。(みんながお世辞を言ってるのでなければね!)
 リヤカーは大きくて重かったけど、これで簡単に水を汲みにいけるわ。
 パンの配達にも便利よ。
 スージーのお隣さんも、スージーの分の水汲みくらい、いつでもやってやるって言ってくれたの。
 ま、今までもしてくれてたんだけどね。
 スージーは、今日は少し熱が下がって楽そうだった。
 でも、そこが曲者よ。
 すぐ無理をするから。


「あ、ほら。閣下、あれです」
「あの、赤い三輪車?」
「はい。使わなくなった自転車を納屋にしまい込んでる年寄りが多かったんです。それで、ナオミ様が三輪車に改造すればいいじゃないかと言われて、鍛冶屋に持ち込まれたんです」
「ナオミが……、ナオミが作ったものだったのか?」
「はい。自転車じゃ乗れない者もいるけど、これなら足が悪くなければ年寄りでも乗れるし、ゆっくり行き来できて便利だろうと。確かに、便利になりました」
「あの赤の色はいいね。明るくて、品のある赤だ」


 今日は私、凄く気分が悪い。
 サトルさんはまだ帰ってきてないわ。
 誰かに食事に誘われたんだって。
 誰かは知らない。
 仕事の関係の人ですって。
 でも、そんなのはどうでもいいの。
 昨日、サトルさんの知り合いの(サトルさんがルルに来た時にとてもお世話になった方だそうよ)告別式があったの。
 それでね…。
 ああ、やっぱりいいわ。
 とにかく色々あって、うんざり。
 ううん。
 やっぱり書いておこうかしら。
 今日、セアラに頼んで雑誌を買ってきてもらったの。
 前も言ったけど、サトルさんの記事って、昔のものなのよ。
 最近の記事は自分の写真が載ってたのを見て以来、見たことなかったし、気にしていなかったから買うこともなかったんだけど。
 まあ、とにかく今日買ったその雑誌に、サトルさんの記事が載ってたの。
 浮気したのかって心配する?
 違うわ。
 そんなんじゃないと思う。
 でも、すごく気になる記事だった。
 それに、その内容自体よりも、人の悪意っていうものにぶつかってしまったことの方がショックなの。
 その人はサトルさんのお友達だから、この話は誰にも言えない。
 ごめんね。
 愚痴なんか書いて。
 でも、うんざりって気分。
 こんなに滅入ってるのはここに来て初めてよ。
 サトルさんが帰ってきても、優しくしてあげられないと思う。
 早く帰ってきて欲しいけど、顔を見たら腹が立つかも。
 心が狭いわ。


「水道の水は、あまり美味しくないそうなんです」
「そうなのか?」
「各住居にもよると思いますが、水汲み場の水の方が美味しいんです」
「水道管が古くなってるのかな」
「そうかもしれません」


 とても恐い目に遭ったの。
 無事だったんだけど、セアラとリックと街を歩いていたら、強盗に遭ったのよ。
 ナイフを持ってる五人組だった。
 お父さんたちには内緒よ、心配するから。
 でも本当に恐かった。
 だけどね、リックが凄く強い人だったの。
 私びっくりしたわ!
 あっという間に三人の男が地面に倒れたのよ。
 とても格好良かった。
 後は逃げていって、だから無事だったの。
 だけど本当に恐かった。
 ルルであんな犯罪があるなんて信じられない。
 スージーの具合が悪いの。
 きちんとよくならないのよ。
 いい時があったり、悪い時があったり。
 黒い金魚の写真、お母さんには見せていいけど、お父さんは駄目よ。
 ねえ、スージーを入院させた方がいいと思う?
 いい時はいいんだけど、無理をするからきちんと治らないのよ。
 完全に治して欲しいのに、ほんとに言うこと聞いてくれないんだから。
 私、ベラが嫌い。
 会いたくないわ。
 スージーにまた刺繍を教わりたいけど、そんなこと言ったら今すぐにでも始めそうだから言えないわ。
 ルルはいい国よ。
 それなのに、何で犯罪があるんだろう?
 強盗も殺人もあるのよ。
 時々ニュースで聞くの。
 サトルさんは仕方ないと言ったけど、おかしいと思う。
 どうして上手く行かないの?
 スージーに会いたい。
 心配なの。
 淋しがってないかしら。
 ベラが嫌い。
 私に悪意を持っているのを、皮膚に刺さるように感じたわ。
 スージーはまた熱を出してるんじゃないかしら。
 水を汲んできてくれてるかしら。
 サトルさんが好き。
 大好きよ。
 離れたくない。
 いつまでも一緒にいたい。
 人の悪意が怖い。
 スージーに会いたい。
 完全じゃないの。
 私は贅沢が身についてしまってる。
 言ってしまいたい。
 言ってしまいたい。
 言ってしまいたい。
 サトルさんに嫌われたくないの。
 ずっと傍にいたいの。
 セアラの町だけの問題じゃないのよ。
 私がやってることは恥ずかしいことだわ。
 ねえ、腐ってるのよ。
 何もかも。
 世の中のすべての喜ばしい事は何もかも腐ってる。
 すべてが嘘よ。
 完全に全てが幸せでなければならないのよ。
 意味がないの。
 私も同じよ。
 だってベラが嫌いだもの。
 私は犯罪者よ。


「ここは?」
「セアラの住んでいた家です。今は誰も住んでいませんが、ここの納屋が三輪車置き場になっています」
「住んでいないって、物音がしてるじゃないか」
「はい。どうぞ、お入りください」
「あ、こんにちは、リックさん」
「こんにちは。こちらがナオミ様の御主人のサトル様だよ」
「あ、こ、これは、大使様。はじめまして。お世話になっております」
「はじめまして。……これは?」
「ナオミ様が揃えられたミシンです。全部で十台あります。奥の部屋にもあるんです。町の者が好きな時に来て使っていいようになっていて、日常の繕いの他に、仕事をしてる者もいます」
「私は仕立ての仕事をしてるんです。というか、ナオミさんが、あ、いや、ナオミ様が」
「ナオミさんでいいよ。彼女がそう呼んで欲しかったのなら」
「す、すみません。その、ナオミさんが、ミシンを買ってくださったんで、それから仕事を始めたんです。今日は来てませんが、私の妻が仕立て屋で働いてたんで、それに習いまして」
「奥さんは今妊娠中で、それで仕事を休んでるんです。その話を発端にして、ナオミ様がこの家を町の作業場にすればいいんじゃないかと」
「そう」
「ミシンもですが、それ以上にこの家の改修工事に手間がかかって、ナオミ様に大変な出費をさせてしまって。本当に、感謝しております。何しろ、これだけのミシンが一斉に動くと近所が煩いだろうからと、防音までしていただいたんで」
「確かに、外はこれほど煩くなかったね」
「あ、すみません。そろそろ外に出ましょう」
「うん。それで、この家は誰の所有になってるのかな」
「ここの管轄の教会です。パン屋もこの作業場もナオミ様が買い取って、全て費用を出してくださって、そのまま教会に寄附を」
「そう。いい選択だ」


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