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小説|腐った祝祭 第ニ章 22

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 書斎の棚から鍵の束を取り出し、カレンの部屋へ行く。
 鍵を開け、中へ入った。
 カレンの旅行用スーツケースはベッドと鏡台の間に置いてあった。
 それを持ち上げ、ベッドの上に置く。
 開けようとしたが、こちらにも鍵がかかっていた。
 辺りを見回し、丸いライティングデスクにペーパーナイフを見つけると、それを持ってきて金具をガツガツとやり始めた。
 他人の持ち物だという躊躇は微塵もなく壊した。
 ナイフをベッドに投げ、蓋を開く。
 服やコートが綺麗にたたんでしまってある。
 意外にもケースの中は隙間がないくらいに詰まっていた。
 服をよけると幾つかのポーチが丁寧に納まっている。
 一つを開けると化粧品が出てきた。
 バンッと壁を叩く音がして、サトルは音の方を振り向く。
 カレンが戸口に立って、冷たい目でサトルを見据えていた。
「信じられないわ」
「調べたい事があってね」
 サトルは薄紫色のポーチを手にしたまま、動じることなく言い放った。
「触らないでよ」
 サトルは肩をすくめ、ポーチをベッドの上に落とした。
 カレンはつかつかと歩み寄り、サトルを押しのけてスーツケースの蓋を乱暴に閉める。
「頭おかしいんじゃない?最低よ」
「聞きたいことが」
 話している途中でサトルは頬をぶたれた。
 情け容赦のない平手打ちだった。
 古傷がじんと痛んだ。
 なんとなく笑みがこぼれた。
「出かけたんじゃなかったのか?」
 カレンは再び手を振り上げた。
 しかし、今度はその手をつかまえて止めることができた。
「女にぶたれるのは一度までと決めているんだ。悪いが」
「格好つけてないで、まず謝りなさいよ」
「悪かった。すまない」
 カレンは忌々しげに手を振り解いた。
「それで、私の質問への答えは?」
「辻馬車を停めておいてくれるように監視小屋に頼みに行っただけよ」
「なんだ。失態だな。これから何処へ?」
「気が変わったの。ここを出てホテルに行くわ」
「なんだって?」
 サトルの表情が真面目なものに変わる。
「どうして」
「あなたと同じ屋根の下にいることにうんざりしてきたの。嫌な夢ばかり見るし」
「それで荷物が片付いていたのか」
「そうよ。それで?勝手に人の荷物を調べて何しようって言うの?」
 サトルはカレンの肩をつかまえようとしたが、虫を払うように叩かれてしまった。
 仕方なく腕組みをし、言う。
「カレンと言うのは偽名だね?」
「は?」
 カレンは嘲るように鼻をふんと鳴らした。
「なに言ってるのよ」
「君はミカじゃないのか?」
 カレンは眉をひそめた。
「誰、それ」
「それなら納得が行くよ。ナオミはいつもミカに手紙を書いてたんだ。きっといろんなことを書いていたに違いない。何をしに来たんだ?ナオミのことで私に言いたいことがあったのか?復讐でもしに来たのか?私はそれでも構わない。ナオミの妹なのなら、なんでも言うことを聞こう。教えてくれ。君はミカじゃないのか?」
「いい加減にしてよ。私の名前はカレンよ。調べたんでしょう」
「私はミカの顔を知らない。パスポートが偽造の可能性もある」
「バカみたい。さあ、出て行って。荷物を入れ直すから」
「頼むよ。本当のことを言ってくれ。ミカなのなら、ここにはいつまでいても構わない。ナオミの妹は私の妹だ」
「どいてったら!」
 カレンはヒステリックに叫んで、サトルをドアの方へ押しやった。
「頼むよ。ホテルになんか行かなくていい。ここにいて、ナオミの話を」
「やめて!」
 カレンは頭を押さえて床に座り込んだ。
 呼吸が荒くなり、丸めた背中がひどく上下していた。
 サトルは傍らにしゃがみ込み、背中を擦る。
「ミカ……」
「やめて!ミカじゃない!」
 叫んだカレンは、サトルの首につかみかかった。
 サトルは抵抗できずに、床に仰向けに倒されてしまった。
 カレンが体にのしかかってくる。
 首を絞め始める。
「ミカじゃないわ。ねえ、判らないの?ミカに何をする気?ねえ、私以外の女をどうしてそんなに引き止めるの?」
「…ナオミ…?」
「ひどいわ、サトルさん。ミカもカレンもベラも関係ないじゃない。どうして私だけを見てくれないの?」
 カレンは悲しい顔をして首から手を離した。
 そして両手でサトルの顔を挟み、口付けをした。
 息が詰まるような思いだった。
 相手が誰なのか、もはや判らなかった。
 混乱し、唇の感触がナオミのそれの記憶と重なる。
 全身が痺れるようだった。
 カレンの体を腕でかばいながら体を起こし、上下を入れ替わる。
 床の上で、ナオミがサトルを見つめている。悲しい瞳で。
 それはもう、ナオミにしか見えなかった。
 ナオミの名を呼び、キスをする。
 唇に、頬に、耳に、首に。
 カレンは首を振って嫌がった。
「頭が痛いの」
「ナオミ」
「やめて。頭が痛いのよ」
「すまない…」
「私の部屋へ連れて行って」
「君の?」
「ええ。私の」
「判った」
 サトルは起きてカレンを抱えようとしたが、カレンは自分で立ち上がった。
 サトルは、足元をふらつかせるカレンの肩を抱いた。
 二人で部屋を出た。
 何かが違う。
 何かがおかしい。
 そう頭のどこかで思っても、カレンの行動を否定できなかった。

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