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連載/長編小説【新入社員・山崎の配属先は八丈島!?】⑭

 待ち遠しかった水曜日になった。
夏を迎える前のこの時期は、とても爽やかな気候だ。
割合に雨が多い島ではあるものの、ぽっかりと島の上にだけかかった雲は、海風がいつもいつの間にか吹き飛ばした。
ホテルで借りた自転車に乗って二人で向かった。
底土ビーチは黒砂だ――八丈富士が噴火した時の溶岩流が固まって、黒っぽい岩肌が島を取り囲んでいるが、砂浜も同じような色合いだ。
茂さん達は既に到着していて、バーベキューグリルの炭をおこしを始めていた。
その隣には、小学三年の息子がいる。授業を終えてきたらしい。
十人程の島人がいる――見た顔の人も、知らない顔の人も混じっている。
「え~っ!!」と思わず声が出てしまった。
何かの動物が焼かれている。
「今ちゃん!!あれなんだろう?」
「ヤギだろう」と何故か至って冷静だ
「ヤギ??」
「ここじゃあ、ヤギを普通に食べるらしいよ」
なんと、ヤギが串刺しになっている――ほぼほぼ丸ごと一匹だ!!
アフリカの原住民が食するテレビで見るようなアレだ。
ここは現代の日本か??
そのドラム缶グリルにはしこたま炭がはぜている。
しばらくすると、肉は小分けにされて、食べやすいように串刺しにしてバーベキューグリルの上に並んだ。
茂さんが「この人は役場に勤める先輩のカツさん」などと色々な人を紹介してくれた。
茂さんの奥さんも来ている。
缶ビールやジュースが各自に配られ
「さあ、それじゃー乾杯!!」と誰とも無くかけ声がかかり、浜遊びはスタートした。
「さあ、遠慮なく食え」と紙皿にのった「ヤギ肉のロースト」がまわってくる。
わたしは遠慮などしているのでは無く、出来れば「フランクフルトや玉ねぎ」にしたかっただけだ。
是非ともと言わんばかりに、今ちゃんと私の前に「ヤギ肉」がきた。
八丈でヤギと言えば「八丈島のキョン」を思い出さずにはいられない。
町立植物公園の奥の方にある檻の中に数匹のキョンがいるのを休日に見にいった。
「漫画・がきデカ」に出てくる「こまわり君」が劇中で「八丈島のキョン」と言いながらポーズを作ることで全国的に知名度があがった。
そう言えば、キョンは「ヤギ科」ではなく、小型の鹿だった――汗、汗、汗……。
ヤギは八丈小島に無数繁殖していると聞いた。今は無人島になっているが、当時、島民が飼っていたヤギが野生化して繁殖しているという。本土では羊肉をジンギスカンなどで一般にも食べるが、どうやら八丈ではヤギを食す文化が今も根付いているようだ。
おそるおそる箸でつまんでみた――スペアリブである。骨に薄く肉がついている感じだ。
豚のスペアリブのそれとは違う。
両手で持って、肉にかじりついてみた――なにやら野性味のある匂いが口元から鼻にかけてあがってくる。
隣では、同じように今ちゃんもかじりついている。
「う~む、なんとも言えない味だなあ」と心の中でつぶやく。
「どうだ、旨いだろう」と向かい側に立つ、髭ずらのマサさんがいう。
「はい」とお世辞にも旨いとは言えないヤギ肉を、不味いとも言えない和やかなムードの中で宴はすすんでいった。
八丈島の宴会で欠かせないのが「島焼酎」だ。ビールで乾杯のあとは、決まってこの焼酎をしこたま飲むのが八丈流だ。沖縄でいう「泡盛」みたなものか?
「島の華・情け島・黒潮」などのボトルがどの店に行っても並んでいる。好みは分かれるようだが、もっともポピュラーなものが麦を原料にした「島の華」か?
酒に弱いわたしには、麦だろうと芋だろうとあの匂いが受け付けない。
ビールを飲み続けた――わたしよりも酒の強い今ちゃんは島焼酎をガンガンいっている。
浜遊びとはいっても、ゲームなどを浜で講じる訳でもない。ただただ、ひたすらに食べる、飲むのである。砂浜での屋外バーベーキュー・パーティーが正しい名称になるのだ。
しかしその内、宴もたけなわになってくると歌が始まった。
何度かホテルの宴席でも耳にした島の民謡である。
「やぁ~!沖で見た時は鬼島とみたが、来て見りゃ八丈は情け島~はぁ~ショメ、ショメ!」
「ショメ節」である、「八丈節」ともいう。
掌を上に掲げて、誰とも無く踊り出す。いつの間にか憶えてしまった。
空はまだ夏空のような入道雲もなく、スッキリと晴れていて打ち寄せる波も穏やかな、とてもいい一日だった。
to be continued……

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