連載/長編小説【新入社員・山崎の配属先は八丈島!?】⑧
十二月に入り、待ちに待ったディナーショーが近づいた。
チケットは順調に売れ、ほぼ満席というところまできたとのことだった。
この販売に活躍しているのがフロント・マネジャーの持丸茂さんだ――皆は茂さんと呼ぶ。
丸顔にきっちり分けた髪を少しだけバックに流している。このホテルの生え抜きで地元民だ。そっくりな顔の小学三年生の息子がいる。お兄さんは役場の偉いさんだ。
茂さんはマルチプレーヤーでフロントでも料飲でもなんでもこなすらしい。とっても人懐っこい性格で優しい。この時にはまだ他部署の上司だが、後に大変にお世話になることになる。
お客様の大半は地元の住民だ。八丈では娯楽が少なく、このディナーショーを毎年楽しみにしている方々も多いときく。
ショーの当日は一日限りの配膳会メンバーが前乗りでホテルにやってきていた。中には夏に来ていたメンバーも数人いて、よもやま話に花が咲いた。
朝食を終えてからは、メンダイ全てのテーブル、椅子を移動して円卓をセットする。
バー側の正面にはステージを設営した。
ほどなく、前座を担当する「地元バンド」がリハーサルと準備にやってきた。
何度か島内で見かけたことのある顔が数人いる。
ボーカルはラーメン屋のマスター――自称、永ちゃん気取りだ。
ギターおよびスチールギター担当は役場の方だ。エルピによくいらっしゃる。
リハーサルがはじまった――なかなかに安定した音のバンドだ――さすがに年齢構成も高いだけあってベテラン揃いなのだろう。
「忘れられないの~あの人が好きよ~青いシャツ着てさ~海を見てたわ」
ピンキー&キラーズだ。
昭和歌謡が中心である。
マイク真木さんは既に到着していて、部屋で休まれているとのこと。
しばらくすると機材セッティングとリハーサルがはじまった。
バックを担当するのはカントリー&ウエスタンバンドだという。
フォークよりもカントリー路線で活動をされているようだ。
ディナーショーがスタートした。
予約のお客様が次々にロビーから流れて入店してくる。
アサインはカズ兄ィがチェックして指示している――ほとんどの方の顔も名前もわかっているからだ――スムーズである。
着席いただき、十八時から先に洋食コース料理が振る舞われる。
今晩のメニューはクリスマスにちなんだ料理内容だ――肉料理は七面鳥をロール状にして中に詰め物を施している――デザートはブッシュ・ド・ノエルだ。
わたしはドリンクを担当し、フリーで動ける体制でサービスをした。プラッターからの料理サービングは日頃、都内のシティホテル・バンケットで慣れている配膳会メンバーがこなした。
十九時には前座を担当する地元バンドの演奏がスタートした。
ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」がはじまった――『ため息の出るような、あなたのくちづけに~』いい感じだ。手拍子をしているおばあちゃんもいる――とても楽しそうだ。
三十分ほどで演奏を終えると、その後には「マイク真木とカントリー&ウエスタンバンド」の演奏がはじまった。
みなテンガロンハットをかぶりウエスタンシャツ姿でスラリとしてかっこいい。首元には赤や青のバンダナを結んでいる。
『カントリーロード』などのスタンダード曲を交えた演奏の最後に「バラが咲いた」を歌った。
しみじみと良かった――この頃にはお客様も飲食はほぼ済んでおり、壁際に立ちながら聞き惚れることができた。
ディナーショーが終わり、島での初めてのクリスマスを迎えた。
家族のある従業員は各家でのクリスマスがあるので、昭一さんが休日に当てる配慮をした。
私と田中チーフは仕事でのイブとクリスマス当日を迎えていた。
その日野営業をを終えたのち、従業員食堂で二人でビールで乾杯をした。
隅に置いてあるテレビからは、東京のスタジオからか?賑やかなバラエティー番組のクリスマスソングが聞こえてきた――なんだか、都会がとても遠くに感じられた。
「田中さんはなんで、銀座のホテルから異動してきたんですか?」
「人事部長に口説かれたんだよ」
「2年ほど前は、本格的に料飲の仕事を出来る従業員がここにはいなかったらしく、白羽の矢を当てられたんだ」
「いつまでとかは、あるんですか?」
「ああ、三年を目安っていわれたから、来年くらいでまた異動になるんじゃないかな」
「銀座にも戻るのですか?」
「それはないだろう……ここではのびのびとし過ぎたしな」
「俺がいる間は、山崎に出来る限りのことを教えるからな」
少し赤くなった頬で、今晩の田中さんはとても優しかった。
厳しく感じていたのは、限られた期間の中で、わたしに色々と習得させてくれようとしていた結果なのだと思い知った。
この頃から、田中チーフとの関係も風のようにさらりとしたものへと変わっていった。
to be continued……