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我が百合の起源、ここに極まれり

 もう、覚えてすらいない―私が、漫画『やがて君なる』の最終巻を、見終わった日がいつだったのか。
 しかしあの時の、二人が互いの変化を受け入れ、それでも一緒に居たいと願い誓ったあのシーンは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

 *この記事には、漫画『やがて君になる』のネタバレが含まれているので、十分にご注意いただきたい!!! 


1. 作品との出会い

 確か、CMが流れていた。まだ私が高校二年生の頃だ。登校前、朝食を食べながらそのシーズンに放送されているアニメを見るのが日課だった。
 その日も例に漏れず、朝食を食べながらぼんやりとアニメを見ていた。その時、やがて君になるのBlu-rayのCMが流れてきた。特段印象に残るようなものではなかったが、それでも忘れられなかったのはCMのバックで流れているED主題歌だった。

 『hectopascal』―主人公・小糸侑と七海燈子が歌う、アニメ『やがて君になる』のEDだ。キャッチーな歌詞とリズム、そしてそれを刻む主人公二人の声がとても印象的だった。この時私は、この作品を見てみようと思った。

 侑の、恋愛を理解できないリアルな感情、燈子の姉にならなければいけないという、一種の呪いともとれる強い感情―この二つが複雑に絡み合って、また変化して物語は進んでいく。
 話が進むごとに、侑と燈子のイチャイチャシーンが増えていき、その度にドキドキしたのを覚えている。二人のハグやキスを見ている時の、得も言われぬ感情の虜になった。こんな感覚は初めてだった。
 そして、体育祭後の侑と燈子の舌を絡めたキスーこのシーンで私の百合の扉が見事にOPEN UPしましたぁぁぁぁはっはっはぁぁぁ!!!!!!!!

 また、侑の燈子への告白シーン。一回目の告白は、俯き顔を手で覆っていた。背景も、心なしか暗く感じた。好きになってはいけない、伝えてはいけないと分かっているのに、居ても立っても居られない罪悪感からくるものだ。侑自身も「約束を破った」と言っていた。
 だが、二回目の告白シーン。互いに変化を受け入れ、改めて想いを伝えあうシーン。侑は燈子を真っ直ぐに見て、笑顔で想いを伝えた。とても、明るかった。見開き1ページ使ったあのコマ割りには、鳥肌が立った。

 因みに、私がやが君を見ようと思ったのにはもう一つ理由がある。それは、『NEW GAME!!』という作品の存在だ。
 当時私は、当作の主人公・涼風青葉にガチ恋していた。何より、声が好きだった。声優さんは、高田憂希さんだ。そして、やが君の主人公・小糸侑の声優さんも、高田憂希さんだ。これはもう見るしかないと思った。
 『NEW GAME!!』は、私がもう何週も見ている作品である。こちらに関しても、後日noteで感想を垂れ流したいと思う。

2. 好きな百合・嫌いな百合

 やが君で百合好きを開花させた私は、それ以降も様々な百合作品を見るようになった。その中で、『これだよ、待ってましたっ!』というものと、『これ本当に百合なのか?』というものが、私の中で定まって行った。

 私は、女性同士の本気の恋愛を百合である、と捉えている。互いに恋に落ち、何らかの障害があり、それでも最後は二人結ばれる……。少し端折りすぎたが、とにかく百合というならば、私はしっかり恋愛関係に発展していてほしいのだ。例を上げると、『やがて君になる』『桜Trick』『私の百合はお仕事です!』『ささやくように恋を唄う』なのである。いずれの作品も、キャラ同士が明確な恋愛関係に発展し、その上で尊い百合キスなどのシーンが存在している。

 ここまで聞いて、私があまり受け入れ難い百合、というものの大方の予想はついただろうか?そう、私が疑問符を浮かべるのは、百合と謳っておきながら、恋愛関係には発展せず、友達より少し上の仲良しを見せつけられるときである。例えば、『ゆるゆり』だろうか。ゆるいってついてるけど、出来ればもっと恋愛関係に発展してほしかったっ!

 もちろん、作品にはそれぞれの良さがある。全てをガチ百合にした結果物語が崩壊してしまうならば、本末転倒だ。
 だが私の中の百合の定義は「キャラクター同士が明確に恋愛関係に発展する」というものだ。異論は認める。

3. 百合に挟まってはいけない

 私は、二次元キャラガチ恋勢である。今でこそ落ち着ているが、当時は見たアニメ片っ端から好きなキャラを作り、盛大なハーレムライフを築いたものだ。だって、三次元はつまらないもん……。

 だが、やが君はそうではなかった。もちろん、侑も燈子も、そのほかのキャラも大好きだ。しかし、付き合いたいとか、自分と恋愛関係になって欲しいとは思わなかった。本当に、不思議だった。
 作品に、私の存在など必要ない。ただ、侑と燈子、二人で幸せになって欲しい、その光景をいつまでも見ていたいと、心の底から思っていたのである。こんな感覚は、やが君を見ていなければ今でも知らなかっただろう。

 という訳で、ここまで百合について熱く語ってきた。
 私は、好きなタイプとか、フェチとか、性癖とか、あまり言えない。もしかしたらあるのかもしれないが、あまりそれを自覚している実感がない。そう言う話をしている人たちを見ると、不思議と尊敬してしまう。
 そんな私でも、唯一好きだと胸を張って言えるもの、それが百合だ。私を百合に目覚めさせてくれた『やがて君になる』とその作者様に、幸あれ!

 では、また次の記事でお会いしましょう。
 やが君最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!

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