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エヴァン・オズノス『ワイルドランド』


先進国で進む分断や格差のひろがり

やたらと分断や格差が広がっていると書籍や報道で訴えかけてくる。わかったつもりの日本人にとってまたかよと感じてしまう本が出版されました。著者のエディ・オズノスはピュリツァー賞を受賞したすごいジャーナリストということです。冒頭にある文章には「本書は「るつぼ」をめぐる物語でありアメリカの価値そのものに対して行われた二つの襲撃によって挟まれる期間を対象にしている。始まりは2001年9月11日にニューヨークとワシントンでおきたテロ攻撃であり、終わりは2021年1月6日に起きた連邦議会襲撃事件だ。これは、アメリカ国民が共通の利益のためのビジョンを失った時期ということになる」とあります。この二つの事象はアメリカ国民だけではなく世界中の人たちが大きな印象をもって記憶している事件です。2024年11月にあるアメリカ大統領選挙のタイミングというのはその時の記憶を思い返すのに最適であるかもしれません。

驚異的な取材量

読んでみて驚くのは取材対象の数と量がものすごいことです、エディ・オズノスはそれをそれほど誇ることなく淡々と記述し続けているところが恐ろしく感じました。その対象もトランプやヒラリー・クリントンなどの有名政治家だけではなく無名な市井なひとたちも取材対処になっています。たとえば幼少期に「チップ」というニックネームで呼ばれたジョセフ・スコウロンなどがいます。彼はエール大で医学を学んだが、その労力に対する妥当な報酬が得られないと感じるやいなやヘッジファンドの世界に活動の場所を移します。そして成功しヘッジファンド界の首都と言われるコネティカット州グリニッジに大邸宅を構えるまでになります。その後インサイダー取引で監獄行きになります、まさしく「タガがはずれた」「恥も外聞もない」を地で行く人間です。もう一人はモーリス・クラーク、シカゴ生まれの黒人男性です。高校生までは頭の回転の速さでうまく立ち回っていたが、人種差別による格差はやはり闇深くやがて薬の売人に落ちていきます。結局監獄行きになり、出所後も黒人で前科ありであることで軽くかつ都合のいいように扱われていきます。エディ・オズノスはそのどちらにもどのような状況に陥ってもそい続け取材をしていきます。彼には真実を述べてしまう、不思議な魅力を持っているのかもしれません。

トランプ登場

ドナルド・トランプが登場すると一気に面白くなる印象です。この本の半分以上はドナルド・トランプについての記述でしめられています。おもしろいやつというだけでアメリカ大統領になっただけあって読者をあきさせません。エディ・オズノスは一貫して平等な目線で表現しています。トランプはだめ、バラク・オバマはすばらしいというような単純なことは言いません。ですがトランプに対する評価はその文章からにじみ出てきます。「トランプはばか」というのを何百ページを使って書いているのはそうゆうことなのでしょう。陰謀論を唱える人特有の同じことを繰り返し訴えるところや、科学的知識がまったくないのに的外れだが自分好みな意見に飛びつくところなどとことん追及していきます。ここらへんの評価はじつはトランプ信者といわれる人々に共通するかもしれません。トランプ信者はこれまでかしこいインテリな指導者がまったく自分たちの生活を良くしてくれなかったことに反発し、自分たちでも理解できるバカなトランプの言葉尻をとらえていけば好き勝手に主張を繰り返すことができることに気づいたのでしょう。

分断のはざまで

この本に登場するのは分断された両極端な人たちだけではありません。ウェストヴァージニア州の活動家ケイティ・ラウアーとスティーヴン・スミスは自分たちで立ち上がる選択をしました。ロビー活動をしても金持ちには刃が立たない、なにも変わらないことに気づきます。格差を埋めるために同じ考えをもつ仲間を増やし、その仲間を選挙に立候補させることで主張を現実に変えていことします。また、シカゴのサウスサイドで地域のまとめ役をボランティアでつとめているジャーマル・コール、彼は貧困と被人種差別の若者たちのささえとなるような活動を続けています。人種隔離の危険性を感じ、「逮捕されずに警官と話をする」スキルを身につけるような活動を続けます。おもしろいものでトランプ信者たちと旧来のおもてむきはかしこい指導者たちを信頼しない、自分たちの価値観を信じていこうという考えが同じだということです。まったくちがうところは教育が重要であるというところになるでしょう。

最後まで読んでみて感じたのは、では自分はどうなんだということです。投票権のないアメリカ大統領選挙や東京都知事選には関心を寄せるのにくらべ、自分のすむ地域の選挙にはそれほどの関心は持てません。そろそろ自分の身の回りから変えていく必要があるのではないのでしょうか。



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