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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第6話

第6話 せめて勇者に

 ざわ、ざわ、ざわ。

 囁かれる、声。人ではない者たちの。
 ほとんどの人間は、知らない。
 この世界は、三度目なのだという。
 前に二度、世界は滅亡しているのだ――。

「俺ね、父さんと母さんにそう教えてもらっていたよ」

「ああ。一部の人間も、そのように話している」

 日が沈む。闇の時間が、ゆっくり背後から忍び寄る。
 影法師だけを引き連れ、小鬼のレイと「まだ」人間の魔法使いレイオルは、遠くに見える町の灯を目指して砂利道を進む。
 魔法使いレイオルを表現するのに、「まだ」という言葉がつくのは、いずれこの男が人間を辞めるつもりだからである。
 
「人間も、ちゃんとした歴史を知ってるんだね」

 レイは少し驚いていた。三回目の世界だということは、人間たちは知らない真実だと思っていた。
 人間は、限られた知識の中でしか生きられないし、自分たちのわからないことは信じないから、真実を見るのを怖がるから、だから知らない。そのようにレイは理解していたからだ。

「一部の人間。魔法使いや特殊な能力のある者たちは、知っている。すべてではないだろうが、この世界の秘密を」

 レイは、レイオルを見上げた。

「じゃあ、レイオルは怪物ウォイバイルがなんなのか、ちゃんと知ってたうえで――」

 ウォイバイルの名を口にしたとき、レイの体に悪寒が走る。ウォイバイルという怪物が、とても危険な存在であることを、両親に詳しく教えられる以前から本能的に知っていたのだ。

「ああ。知ったからこそ、やつのところへ行きたいと思ったのだ」

 レイはまばたきするのも忘れ、レイオルを見上げ続けた。

「ご丁寧に二度も世界を滅ぼしたやつだろう」

 レイオルは、しれっとそう述べた。

 ああーっ。

 レイは思わず頭を抱えた。
 レイオルがウォイバイルのことをよく知らないから、旅の目的に定めたのだと思っていたのだ。
 それがどうだろう。がっつり知っているではないか。
 そうなのだ。
 怪物ウォイバイルは、この世界を滅ぼしていたのだ。それも、二度。


 どうしてそんなものがいるのか。どこから来たのか。
 特殊な能力を持つ人間も、怪物たちも、正直答えはわからない。
 もしかしたら宇宙や別の世界から来たモンスター。もしかしたら、新しい世界を作るために生まれた、再生を促すための破壊の化身。
 それが、ウォイバイルと呼ばれる化け物だった。
 はるか昔――。
 ウォイバイルは、突然姿を現した。
 そして、人間、怪物、動物、生きているものや生物ではないエネルギーも、すべて見境なく飲み込んだ。
 ウォイバイルは、食べるごとに巨大化していった。おかまいなしに、手あたり次第飲み込み続けた。
 巨大化すると、ますます多くの食べるものを要した。ウォイバイルは、食料を求め空を飛んだ。空を覆いつくすような巨体。たった一体の怪物だったが、なにものも太刀打ちできない存在となっていた。
 怪物ではあるが、食べる、出す、の循環は行われる。
 大量に奪われた多種多様な命やエネルギーたちは、ウォイバイルにとって有用なものだけこしとられ、不要な分は排出された。
 それは、この世界にとってまるで毒のようなもの、まさに災厄だった。空気は穢れ、光は失われた。
 そのころには、すっかり世界のバランスも崩れていた。自然エネルギーは暴走し、天変地異が起こり、あっという間に――、ほとんどすべてが消え去った。
 食べるものがなくなると、ウォイバイルは地下深く潜り眠りにつく。
 少ないながらも、生きながらえたものたち。長い長い歳月をかけ、世界を再構築していった。
 生き物やエネルギーが活動を始めると、自然のエネルギーも整えられていく。
 生き物、怪物を含めた不思議な存在たち、それから自然は手に手を取り合うよう、互いに発展し安定へと向かっていった。
 世界が明るいエネルギーで満たされると――、ウォイバイルは目覚め、ふたたび地上へ姿を現す。
 二度目の崩壊は、一度目よりも早かった。
 そして、ウォイバイルは眠りにつく。
 時が経ち、現在。三度目の目覚めが近いと、人ではない者たちが囁いている――。


 どうしてわざわざ、そんな恐ろしいやつの眠っているところへなんか目指すんだろう。

 レイが尋ねようかどうか迷いつつ、足元の小石を蹴る。

「いずれまた滅亡へと向かう。逃れられない。それなら、どこにいたって大差はない」

 レイが尋ねるまでもなく、レイオルはそう答えた。

「だから、倒そうと……?」

 レイの足が止まっていた。ほとんど無意識に。からからの喉から、声を絞り出していた。
 すぐそばにいるレイオルの顔が、夕闇にぼやける。しかし、水色の瞳だけが妙に鋭い輝きを放っていた。

「だから、というわけではない」

 レイオルは、じっとレイを見つめ返す。宝石のような、水色の瞳。ゆっくりと、細められ、笑みが形作られる。研ぎ澄まされた、刃物のように。
 レイオルは、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「やつの巨大な魔のエネルギー。それを食ってやりたいのだ」

 ひえっ。

 レイは自分の体が強張るのを感じた。まるで、猛禽類に睨まれている、小動物のように――。 

「私がやつに取って代わってやる――!」

 レイオルは叫ぶ。

 ふははは……!

 うっすらと白い月が見える空に、レイオルの笑い声が響き渡っていた。

 取って代わらないでーっ!

 レイは、心の中で叫んでいた。

 せめて……、せめて……! 倒す勇者になって……!

 三度目の滅亡の危機、全然去ってない、そうレイは思った。涙目で。


 通りがなにやら、騒々しい。
 新しい町にたどり着いて早々、レイとレイオルはなにやら騒ぎに遭遇した。

「助けて、お願い、誰か――!」

「しっ、こら、暴れるな――! 帰るぞ……」

 必死に助けを求める少女と、大人たち三人。通行人は、助けを求める声を無視し、なにやらひそひそ話をしているだけ。大人たちの手から必死に逃れようとする少女を見て見ぬふりをし、関わらないよう決め込んでいるようだった。

「え。いったい、なにが――」
 
 レイがレイオルの顔を見上げ尋ねようとした。

 いったい、人間たちの間でなにが――。どうして、みんな同じ人間の女の子が助けを求めているのに知らんぷりを……?

「おい! あんたら、よってたかって女の子相手に、なにやってんだよ!」

 そのとき、一人の男性が声を張り上げ前に出ていた。
 それはレイオルよりも大柄な、たくましい黒髪の青年だった。

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