「ぼくの、はじめてのキャラメル」。
そのキャラメルは、知り合いのおじさんがくれました。
おじさんも、もらい物だと言っていました。
組の集まりでもらったそうです。
たった一粒だけの、小さな四角。
銀色の紙に包まれて、赤と青と線が書いてあります。
「これ、冷蔵庫に入れとくね」
お母さんはそう言うと、キャラメルをひとつ、ポイっと冷蔵庫に投げ入れました。
ぼくは、忘れないようにしようと思いました。
お母さんは、忘れんぼうなのです。
3時のおやつの時間が来ました。
ぼくは、キャラメルのことを考えました。
お母さんは、キャラメルのことをすっかり忘れて、「なに食べる?」と聞いてきました。
「ぼく、キャラメル食べたい」
そう言うと、お母さんは「あっ」という顔をして、すぐに冷蔵庫を開けました。
お父さんが言いました。
「なんで冷蔵庫に入れたの?
冷やすと、固くて食べられないんじゃない?」
お母さんは、また「あっ」という顔をしました。
お母さんは、うっかり者なのです。
お母さんは、固くなったピカピカのキャラメルを、テーブルの上に置いてくれました。
となりに座っていたお父さんが、ひょいとそれを持ち上げました。
「やっぱり固いや。
お父さんが、あっためてみよう」
お父さんは、大きな手でキャラメルを包み込みました。
ぼくは、牛乳を飲みながら、キャラメルがやわらかくなるのを待ちました。
お母さんは、弟のジローがキャラメルに気がつかないよう、ジローに絵本を見せています。
ジローは、食いしんぼうなので、見たらきっと、欲しがります。
1歳のジローには、まだキャラメルは早すぎます。
「そろそろかなあ」
お父さんが、言いました。
ぼくが横を向くと、お父さんはなぜか、お腹のすきまからキャラメルを出しました。
どうやら途中から、手の中ではなくてお腹の上であたためていたようです。
お父さんのお腹は、ぷにぷになので、キャラメルがすっぽり挟まります。
ぼくは、お腹の隙間から、キャラメルを受け取りました。
すこしだけ、あったかいのが不思議です。
そうっと銀色の包み紙をひらいてみると、中から茶色いかたまりが出てきました。
これが、キャラメルかあ。
ぼくは、テーブルの上のキャラメルに目を近づけて、じっと見ました。
ううん。
あんまり、美味しくなさそうに見えます。
「お母さん、キャラメル味好きなんだよねえ」
遠くから、お母さんが言いました。
キャラメル味のケーキ、キャラメル味のアイス、キャラメル味のコーヒーもあるんだと教えてくれました。
「キャラメル味の、キャラメルは好き?」
ぼくは、聞きました。
お母さんは、キャラメル味のキャラメル、という言い方に少し笑ったあと、答えました。
「キャラメル自体は、もう10年くらい食べてないなあ。歯にくっつくからイヤなんだよね」
お父さんも、うなずきました。
「キャラメルは奥歯にくっついて、放っておくと虫歯になるぞ」
ぼくは、キャラメルをまじまじと見ました。
どうやら、このキャラメルというのは、なかなか手強いやつらしい。
すぐ固くなるし、歯にもくっつくし。
いったい、どんな味なんだろう。
ぼくがそわそわしていると、お父さんがキャラメルを半分にちぎりました。
そして、パクッと片方を口に入れました。
よし、ぼくも。
ぼくは、もう片方をつまみました。
口に近づけて、まずはペロリ。
なんの味もしません。
続けて、ガジリ。
あ、甘い‥!
とろけた甘さが歯のあいだから広がりました。
じんわり甘い、アイスみたい。
ぺろぺろ、がじがじ。
ぼくは、小さなキャラメルのカケラを、ちびりちびりと味わいました。
ときどき、かたまりが歯にくっついたので、指を突っ込んでとりました。
牛乳も、おかわりしました。
キャラメルは牛乳に、よく合いました。
こうしてぼくは、初めてキャラメルを食べました。
甘くておいしいキャラメルが、ぼくはすっかり気に入りました。
「今度キャラメル味のアイスでも買おうか」
お母さんが、言いました。
「あとで絶対歯みがきしような」
お父さんが、言いました。
ぼくはうなずくと、手を合わせて「ごちそうさま」をしました。
それから、テーブルの上の銀色の紙を小さくたたんで、ゴミ箱にちゃんと捨てました。
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