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地上230mの邂逅@STARS展行ってきた

皆様、ここ最近は秋と冬の気候が入り乱れ、日頃、曇りなき眼で服装を見定めていらっしゃるかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。私は毎日服装に失敗しています。草々。

その日も、皆がトレンチコートや素敵な大判ストールに身を包み、街中が寒さにかろやかに適応してみせた、曇りでした。

私はといえば、通気性の良いレースのワンピース一丁で出かけ、見事に「街から浮かれポンチ」になって肩身を自主的に狭くして、寒い思いをしておったのでした。そんな私が行ってきましたのは、

六本木・森美術館『STARS展:現代美術のスターたち――日本から世界へ』https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/stars/

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草間彌生、李禹煥、宮島達男、村上隆、奈良美智、杉本博司の国際的に評価をうける、そうそうたる現代アーティスト6名の作品展です。

この作品展で、私は、数々の「あーこの作品、どっかでみたことある」を目にしました。そうですよね、世界的なアーティストの方々なのですから。
しかしそれ以上に、恐れ多くも、草間彌生や村上隆などのアーティストたちが、私と同じ時代に生きるただ一人の人間だと感じることができたのです。

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どなたか、知りません?
私ってどんな人間になる予定ですか?

もともと、アートというものに対しては人並みというか、人に誘われたり機会があれば足を運ぶ程度で、自分から能動的に行こうと思うこと自体がありませんでした。それどころか、お恥ずかしい話、デートスポットとしてお世話になっていることのほうが多かった気がします。素晴らしい空間にいるだけで一日がお洒落なものになっている気がしてくるし、共通の話題がない人と行っても楽しめて、空元気に喋らなくて済む。

そんな罰当たりな動機で美術館に行っていた私が、なぜ自分からアートに会いにいくことにしたのか。それは1冊の本を読んだことがきっかけでした。

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13歳からのアート思考 「自分だけの答え」が見つかる
(著:末永 幸歩
 |ダイヤモンド社 )
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アート自体に興味があったからというよりも、作品を制作する自分の感覚をアップデートしていきたいなあと思うなかで、人から勧められて読みました。ここ最近ハマっている美大漫画『ブルーピリオド』の影響でもあります。

画像4ブルーピリオド(1
 (著:
山口つばさ | アフタヌーンコミックス )

話をもとに戻すと、
この本では、各時代のアーティストたちが何に直面し、どう自分の作風を確立したのか。西洋美術のざっくりとした変遷を辿りながら、アート思考=アーティストが作品を生み出す時の考え方を、自分のなかで養うことが目的です。

そのときアーティストは何を考え、名作と呼ばれる作品たちがいかにして生まれたのか――。一人の人間が自分のアートを確立するために、どんなことを考えていたのか。

これって、私たちの人生に置き換えても非常に大切なことじゃないですか?

どんなものに心を動かされて、
どんなものと関わっていくことで、
最終的にどんな風な人間になりたいのか。


私の場合は、どんな題材が向いていて、どんな強みを伸ばしていけばいいのか、どんな作風で売っていきたいのか、など。

途端に就活セミナーじみてきて嫌なのですが、もの凄いスピードで多様化していく社会のなかで、一度しかない人生をやり直すことが不可能な私たちは、アーティスト志望の有無にかかわらず、自分のために上記のことを考えることで、もっと自分のカタチがはっきりしてくると思うのです。

適職診断でアーティストって出たら社会不適合者なのか

小説を書くとき、私は必ずといってもいいほど、プロットを立てるようにしています。登場人物の性格・信念、それらがどうやって関わりあって、関係性が変化して、最終的に登場人物たちになにをもたらすのかをまとめ、文章を書き進めていきます。

本書で語られる、奮闘するアーティストの姿はつねに、自分とはなにか、どんなことに心動かされるのか、自分が表現したいことはなにか、追い続けていました。物語だけでなく、私は自分自身のための人生のプロットを描く必要があるんです。

ときに、アーティストって、今も昔もアウトローなイメージがありますよね。思いつく例でいうと、一度作った作品をめちゃめちゃに壊したり、何日も人と関わらずに作品作りに没頭したり……。

アーティストの変人エピソードは今昔枚挙にいとまがない話題ですが、実はそれって、単に社会に迎合したくない、人と変わった自分でいたい、大勢の人に認めてもらいたい、からなのではなく(そうだと信じたい)、

・「自分がアーティストとして表現したいものはなにか」
・「自分がこのテーマを表現するために最適な方法はなにか」
・「自分はどんなアーティストになりたいのか」

を一番に模索しているなかで起きてしまう奇行の一部がフォーカスされているだけだと、捉えることはできないでしょうか。中には言い逃れできないレベルで固有の人格が破綻している人もいますが、雑にアーティストは皆そうと乱暴に括るつもりはありません。

アーティストってなんだか特別な存在で、それゆえに、私たちの世界から縁遠いシャーマンのような人々にも思えるけど、それは違います。

アーティストは自分や作品を通じて、自分なりのやり方で、沢山の人と関わりあおうとしているだけなんだと。それは誰かにとっての会社での業務であったり、子育てだったり、学術研究だったり、バイトだったりする。シンプルにそう考えられたとき、アートとの距離が一気に縮まり、私は美術館に行ってみようと思ったわけです。この世は誰かの仕事で出来ているのです。

アーティスティックマジカルバナナしよう

というわけで、この文章の最初にあったように、たまたま面白そうな特別展示がやっていたので、完全に思いつきで、足を運んでみました。

詳細は皆様の目で確かめていただくとして、ここでは私が心に残った作品について、私なりに感じたことを報告していきたいと思います。

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関係項(作:李禹煥 1969/2020 年 ガラス、石)

観察してみると、一枚のガラス板の上に、直径1.5mほどの球体の岩が載っています。ガラスが粉々になっていない状況を見るに、このガラスのヒビは、岩がガラスに接したときに生まれたもののようです。放射状にひろがるガラスのヒビは、長短それぞれ、一本のものもあれば、途中でほかのものと交わっているものもありますね。

……だから、何?

まあまあ、もう少し考えてみましょう。有償音声ガイド(なんとQRコードを読み取って自分のスマホで聴ける! すごい!)によれば、作者の李さんは「何度も納得いくまでガラスへ岩をぶつけては取り換えるを繰り返した」とおっしゃっていました。

つまり、このガラスと岩が一度きりの邂逅を果たす瞬間に、この作品の核心があるようです。ここからはじまる私のアーティスティックマジカルバナナをお楽しみください。

邂逅とは、無機物・有機物関わらず必ず起きる一度きりの事象です。まっさらな状態に一度きりのインパクトを加えられている、まさに今、初めて対峙している「私」と「この作品」の関係を表しているようでもあります。

さらに、”一度きり”というところに思い切りフォーカスすると、一度きり=人生、に着想を得て「私という個」と「社会」の図式にも見えてきました。自分という岩も、そこに存在している以上、社会や縁のある人々と関わらずにはいられない。どんな人間も、必ず誰か・何かに影響を及ぼしている。

それって非常に当たり前なことなのですが、それだけで、なんだか泣けてきちゃいます。たかだかガラスに、岩が置かれてるだけなのに。

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何回見ても、ガラスと岩なのに、なんかいい。


でもこの岩が、私を含むあまねく存在をフラットに肯定してくれているなら、叫び出したいくらい嬉しく、その反面、軽く絶望しちゃうくらいに残酷な真実を表現しているんです。

できれば、このヒビのひとつひとつの行く先が、人々の幸せにつながっていくことを心から願っていますが、そんなことだけで済まされるほど、人生は甘くありません。存在し影響するということは、なにもいいことだけではないからです。

私という存在が誰かを傷つけ、その人との関係にヒビが入っているかもしれない。ひとつになっていたものを、分断してしまったかもしれない。自分の何気ない行動が誰かの不幸のトリガーを引いてしまっているかもしれないし、それによって何か、最悪の出来事が起こってしまう可能性だってある。

それでも個が存在し影響を与え続ける以上、私たちは懸命に生きていくしかない。そういった個と社会を表現しているのではないか、と私は考えました。はい、アーティスティックマジカルバナナ終わり。

『13歳からのアート思考』にもあるように、アートは作者が込めた意図はあれど、個々が得た感覚を間違いだと断じることはありません。ここでのマジカルバナナは飽くまで一個人の意見であり、傍から見れば「割れたガラスと岩を見て、勝手に有難がって泣いてる危ない奴」の域を超えることはないと思うので、ぜひ機会があれば足を運んで、実物を目にしてみてください。

その装置を介して、自分がどう感じるか、そこにかけがえのない価値があると私は思います。

でももし、作者がマジカルバナナと同じような意図を持っていたのだとすれば、アートのテーマとなる種って、思ったよりも身近じゃありませんか? 

このほかに「あっ、意外とテーマが親しみやすい」と思った作品があるので、ご紹介したいと思います。

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 ピンクボート(作:草間彌生 1992 年 詰め物入り縫製布、ボート、オール)

独特な世界観で、一度目にしたら忘れられない、現代アートの大御所・草間彌生さんの作品。

無機物なはずの原寸大のボートから、触手のようにも、腸壁の柔毛のようにも、男性器のようにもみえる大小のピンクの突起物が無数生やされています。人間が木を伐り出して作ったはずの人工物なのに、この突起物のせいで、まるでボートが命を持ち、空間を膨張させながらうねうねと、生命活動をしているように見えてしまいました。

生命活動という本来見えないはずの営みが、生命活動を許されない無機質なボートを通して不思議と立ち上がってくる面白さを、この作品から感じました。このほかにも、草間さんが生涯を通して追い求めるテーマ「増殖」に関連した作品が多数展示されています。

自分と邂逅する場所に上空230mという選択を

様々な所感とともに巡った美術館ですが、すこし心理的な障壁を取り払うだけで、非常に面白い時間となりました。

作品も絵画や写真、立体造形、映像、空間展示、様々なテーマがありとあらゆるかたちで、展示されています。こうした場に足を踏み入れるだけでも、十分非日常を味わうことができますし、このご時世、自分のパーソナルスペースを保ちながら、静かに鑑賞に集中できる美術館や博物館は、新しい生活様式のなかでも非常に理に叶っている愉しみのひとつと言えるでしょう。

邂逅とは、無機物・有機物関わらず必ず起きる一度きりの事象です。あなたが世界と自分のつながりを実感する場所は、ここ、上空230mの展示室のなかにあるかもしれません。

六本木・森美術館『STARS展:現代美術のスターたち――日本から世界へ』
会期:2020.7.31(金)~ 2021.1.3(日)
時間:10:00-22:00(火曜日のみ17:00まで)
※会期中無休
※※ただし9月22日(火・祝)、11月3日(火・祝)は22:00まで(最終入館 21:30)
入館料:一般 1,800円 、学生(高校・大学生) 1,200円、子供(4歳~中学生) 600円、シニア(65歳以上) 1,500円

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