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松代象山地下壕をゆく(長野)

これも、15年以上前のこと。酔った勢いだったんです。
夏のさなか、友達と別れたあと、足は家に向かわず、新宿から23:54発の夜行に乗って8時間半の長旅を敢行。たぶんね、どうかしていました。しかも地下壕をまわったらすぐに東京へ戻るという強行軍です。睡眠は電車のなかでとればいいやと思ってましたが、すぐに後悔することになる。

ムーンライトという夜行列車にのっていくので、まず出発の5、6番ホームへ向かいます。がらーんとした通路。お盆の真ん中ということもあってか、ほとんど人の気配がありません。


ホームに上がると向こうにこれから乗る予定の列車が見えてきました。この顔なつかしい。小さい頃おもちゃで持ってました。当時と同じデザインが変わらないってのもすごいですが。チケットを買うときグリーン車にしようかどうか迷ったんですが、まあいいかと思って普通車に。この決断がこのあとの快適さを大きく左右するとは想像もしていませんでした。ちなみにムーンライトは普通車もすべて指定席です。


車内は登山客ばっかり。網棚の上も登山用のリュックがずらりと並び、ほぼ満席状態。斜め前の席のオヤジは、自分の荷物が大きすぎて網棚に乗せられず、巨大なリュックを自分の席に直接おいてました。じゃあアンタはどうするんだと思ったら……


床にプチプチを敷いて横になる、と。ありえませんよ、ホントに。山の男ってのは、こうまでも豪快なのか。ていうか、傍若無人なのか。三村がいなくてよかったな。「そこかよ!」と突っ込まれかねないです。エアピローを膨らました時点で何かやるなとは思ったんだけど。このおっちゃん、プチプチやエアピロー持参ってことは、最初からこうするつもりだったんだな。


こんなカンジ。はっきりいって邪魔です。いくぶん横によっている心遣いがまたイラッとくる。社会性ゼロだぞ。車掌やトイレに立つ客が頻繁に横を通り抜けていくんだけど、通路が狭いからどうしても踏んじゃうんだよね、プチプチを。そのたびに音がして最初はマヌケだったんだけど、途中からもう誰も見向きもしなくなりました。


そんなこんなもあって、松本駅に到着。東の空がもう明るい。ムーンライトとかいうロマンチックな名前とはうらはらに、車内の状況があんまりだったので、結局一睡もできず。映画館でも長編で3時間くらい座ってると尾てい骨あたりが痛くなってくるでしょ。それが4時間半だからね。しかも社内はかなり蒸し暑かった。松本駅に着いたときは新宿のキオスクで購入した小説1冊とゴルゴ13の単行本2冊もとっくに読み終わってました。


ひと気のないホーム。これから次の電車に乗り換えるんですが、その列車がくるまでさらに2時間待ち。読み終わったはずのゴルゴをまた読み直し、必死で時間をつぶします。これがツライ。


松本駅からしなの鉄道に乗り換え、屋代駅へ。ここでさらに長野鉄道屋代線というのに乗り換えて最終目的地へ向かいます。最初にこの駅へついたときは寂しいながらも普通の駅だと思ったんですが、連絡通路をわたって屋代線ホームヘいくと、見たかんじかなりキビシイ状態。


匠の技をかんじさせるつくりです


左奥に写っている白い屋根がしなの鉄道の屋代駅。で、こっちが長野鉄道の屋代駅。管轄がちがうのでホームの管理も別々ってわけでしょう。経営状態の差が露骨に出ています。駅の端っこに待合室を発見。さっそく調査に入ります。


昔の木造校舎みたい。もうあまり見ないな、こういう待合室は。もはや建築遺産です。


けっしてすわり心地のいいとはいえないベンチ。でも、掃除はとても行き届いていました。ほこりとかまったくない。


ようやく電車がきたので、乗車して地下壕のある松代を目指します。2両編成ですが見てのとおりの客の入り。オレを含めて3名です。宙吊り広告なんてほとんどありません。揺れているのはつり革だけ。やっていけないんじゃないかな。


シートもつぎはぎだらけ。ほんとマンガみたいです。無傷のシートは皆無。なんか寂しくなってきちゃいました。実際そうとう苦しい経営なんだと思う。


この電車はまず乗車時に整理券を取って、降りるときには運転手に整理券と料金を支払うという、バスみたいなシステムをとっています。ワンマン列車なので、車掌はいません。車内アナウンスといい、発車時のブザーといい、本物のバスさながら。老朽化した列車に揺られること15分、ようやく目的地である松代へ到着です。時計は既に8:30です……。


ポイントの切替機とかが7~8個そのまま残ってたりしてマニアなら目ギラァすること請け合い。そそくさと改札へ向かいます。


トタン屋根の松代駅を外から眺めます。いちおう観光地のようで、駅前の案内板によると、戦跡が点在しているらしい。けどね、もう8時間30分も旅してるわけで! 前日からまったく寝ていないわけで! 数々の戦跡をめぐる体力はオレにはもう残されていません。ライフゼロのまま敵とエンカウントしないことを祈りつつ地下壕への最短ルートを確認して歩き始めることに。


徒歩15分ということで、普段のパターンなら倍はかかるんですが、今回はそのとおり15分ほどで松代象山地下壕へ到着。なんかちょっとホッとする。


地下壕を上から見たところ(鳥瞰図)です。内部はけっこう広い模様。ここは大戦末期、大本営を移設しようって計画があった場所。それなりの広さは確保してあっておかしくないですが。


ただ、内部は崩落やらなんやらで封鎖されている部分が多く、今回進めるのはこの黒く塗ってある部分まで。入り口から500メートルとのこと。けっこう短いようにも思いますが、太陽の下の500メートルと地下のそれとは感覚がまったくちがうので、即断できません。


いざ潜入。おもてはセミがジージー鳴いて熱風もすさまじかったんですが、入り口ですでに冷気が感じられます。結構すずしい。長袖シャツ着ていてよかったです。


ふっとうしろを振り返る。人の気配なし。いつものようにオレだけです。これからしばらくのあいだ猛暑をわすれることに。


入り口の近くはまだ外光が入ってくるのでかなり明るい。ライトもあるけれど、その灯りをあてにするまでもなく、充分な光量が維持されています。板張りの坂道を下って地下壕のなかへ。


少し進むとすぐに外光は途切れ、ライトだけが照らす怪しい世界になります。地下壕内部はまったくの無音。足元は砂利敷き、天井と壁は素彫りの岩そのままです。


シーンとしたなかで裸電球がみょうに心強い。ていうか、これが無いとどうにもなりません。セッション9っていう映画で、廃病院のなかで電灯が端から消えていくシーンがあるんだけれど、ここで電球が次々と消えていったらマジで発狂しますよ。


この地下壕は朝鮮からの強制労働者がムチャさせられてかなり亡くなっているらしい。そこかしこに赤い鉄柱で骨組みを作り支えている部分多数。あきらかに鳥居を意識してると思うんですが、あまり気持ちのいいもんじゃないよな。正直言って怖いんですよ。


鳥居を次々とくぐりぬけ、地下壕の奥へと向かいます。左側には忘れ物かと思われる青いスカーフがひっかけてありますが、なかなか立ち止まる気になれません。足は常に前へ、前へ。


ところどころ行き止まりになってて、<危険ですから立ち入らぬ様に願います>とか札がかかってるところもある。オレもそこまで好奇心旺盛じゃありません。いまものすごく素直になってる。警告にはそのまま従います。


赤い骨組み天井の上には丸太が積まれていました。崩落防止だろうね。


もう結構歩いたと思うんだけど、先が見えません。ほんと500メートルなんだろうな。コウモリとか普通に飛んでて、かなり不安になります。


ここら辺まできて、ちょっと帰りたくなった。いや、場所が場所だけにホント怖いんですって。ひとりで、しかもどこまで続くか見えない地下壕のなかをぽつぽつ歩き回るのって、そうとう心細い。ここまできた苦労を思い出して、最後まで行くことにしましたが、へたなお化け屋敷なんかより恐怖心とか、孤独感とか、不安感は何倍もあります。


途中でいくつか横穴がある。入れなくなっているんですが、奥は真の暗闇。入ったらぜったいに出てこれなそう。


ていうか、この地下壕自体からはちゃんとでられるんだろうな。赤い鉄柱も腐食しているやつとかあって、そういう意味でも不安感を煽ってくれます。 ていうか危険ダメでしょ、普通に考えて。


洞内はいくつかチェックポイントがあって、こういう説明看板が立ててある。旧式の工法で無理やり掘り進めていったので、工夫がバタバタ倒れて、どんどん追加して、またバタバタ倒れて、相当数の死者が出たそうです


その枕木のあとが地面に残る洞穴。文字どおり、おれもヘコみます。そんなこといってる場合じゃないか、これも負の遺産


ようやく地下壕の最奥部に到達すると、金網が張ってあり、奇妙なシルエットが。なんだろ。近づいてみると――


平和を願うメッセージがつづられた紙かざり。これが地下壕の奥深くにひっそりと置かれていました。ここにきて、そろそろオレも精神的に追い詰められてきたので、きびすを返して早々に退散させてもらいます。しかし、この地下壕って最初の案内板にもあったとおり巡回路じゃないのな。ここまでの500メートルをまた戻ることに。うわぁ。。 。


心なしか、っていうよりも確実に歩調が速くなってる。この地下壕は気温どれくらいなんでしょうか。サムイ……サムイィィッ! 天井の鉄柱には水滴が溜まって、ポツポツ落ちてきます。


すたすた歩き続け、ようやく出口発見。この地下壕はほんと怖い。霊感とかあまりないですが、ひとりで入るところじゃないです。じゅうぶん冷えさせていただきました。とにかく、とにかく外へ……。それでも、坂道をのぼりきり、セミのけたたましい鳴声と、熱風吹きすさぶ真夏の空の下に出たとたん「暑い」って言っちゃうあたり、人間だなぁ、と。

今でも覚えている。往路は未知の体験に対する期待でモチベが維持できているからいいけど、帰りが苦痛。長げぇよ、とにかく。しかも松代の滞在は2時間くらいだったからね。お尻の血行不良も未回復なわけですよ。

ただ、ちょっと調べたら現在も象山地下壕は公開中とのこと。再チャレンジいけるかな。今回は過去写真からのピックアップで解像度もイマイチなものしか残っていなかったので、次に行ったときはもっと。
ただ、日帰りはないわ。そこは温泉プラス信州そば1泊2日の旅の一択だろ。当時の自分が信じられないよ。たしかに目的地だけれども! ここに立ち寄って、そのままとんぼ返りとか、変態すぎるでしょ……。

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