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子どもの頃の思い出

小学校低学年の頃、親が共働きだったからか、夏休みの間、親戚の家に二週間くらい預けられていた。
海がすぐそばにあり、いつでも潮のにおいがした。
東京に住む同い年のいとこも来て一緒に過ごした。
台所は玉のれんで仕切られていて、叔母さんが太い指で料理をしてくれていた。話しかけると忙しくてもいつでもニコニコしてくれた。
家の中には蝿が飛んでた。蝿とり器が天井からぶら下がってた。今って昔より蝿をあんまり見ない気がしませんか。

トイレは和式のボットン便所だった。
トイレに入るたび、「三枚のお札」というお話をいつも思い出してた。(小僧が山姥から逃げるためにトイレの柱に身代わりになるように札をはるところです)

2階は、その時はもうそこに住んでいないいとこのお兄ちゃんのお部屋があって、こっそり卒業アルバムを見たら、ラブレターが出てきちゃって、「好きです、上京するのさみしいけど応援してるね。忘れないでね」みたいな文面だった。こっそり戻しました。ずっと忘れないよ!!

もう一人のお兄ちゃんの部屋は、タバコくさく、なんというのか名前がわからない、砂時計ならぬ油時計?水色の油の粒々のかたまりが、ひっくり返したらポロポロと連なって落ちていくやつがあって、それが大好きでした。
車を出してくれて少し遠い岩場に連れて行ってくれて、小蟹を取ったりした。
砂浜では、大量にヤドカリをとって持って帰って、風呂場で飼おうと思ったんだけど、真水に塩入れたやつだとダメだったみたいで(分量が悪かったのか)すぐに弱ってしまった。近くの川(海の近く)に放流した。
暇で、海で遊んで、散歩して、日焼けして、帰省中のお兄ちゃん(ラブレターの人)に日焼けに効くからとシーブリーズを足に塗られてヒヤァっとなった。使い方合ってるのか。

おじさんは、出稼ぎから帰ってくるついでに東京のいとこを連れてきてた。焼酎が大好きで、実家に立ち寄るときは、うちの親がいつも大五郎を用意していた。いつも優しいけど、酒を飲むとニコニコして上機嫌だった。

孫のように可愛がってもらって、楽しい時間だったな。あの頃に戻りたい。おばちゃんもおじちゃんも(かあさん、とうさん、と親戚みんなから呼ばれてた)、タバコくさい部屋の優しいお兄ちゃんも、死んじゃった。もうあの家は無い。優しい思い出。


余談。
一度、タバコのお兄ちゃんとスーパーに行った時に(この頃は私10代だったかも)、お兄ちゃんに紙パック牛乳の入れ方(縦か横か)を注意されて、どっちでもいいじゃん、と思って内心イラッとしてしまった。当時縦横どちらが正しいと言われたのか、全然覚えてない。ごめんね。
いろんなところに連れて行ってくれて、可愛がってくれて、ありがとう。
思い出したらまた書きます。

余談追記。
東京に住んでた同い年のいとこ。お元気ですか。どこで何をしてますか?あの頃の思い出話をしたいものです。

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