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The New Yorkerで面白かった短編フィクション③: Bryan Washington, Sigrid Nunez

スターティング・オーバーは人生の踊り場

 2024年も残すところ4ヶ月となり、今年1月から始めていたリーディング・チャレンジも残り時間が少なくなってきた。進捗はおおよそ去年と同じか少し多いくらい、といったところ。今年はThe Booklist Queenさんのリストをできる限り埋めようとしているのだけれど、この時期になると意外と埋まらない項目が目立ってくる。例えば…

ありそうなテーマだけれど…?

 何か新しいこと、新しい関係を改めて始めることについて書かれた本。目新しいテーマには思えないが、今年は意外とこういう内容の本を読んでいないらしい。日本語だとあまりしっくりくる表現が見当たらないけれど、スターティング・オーバーという、どこか非日常と新しい生活の希望を思わせる言葉が好きだ。昔からこの言葉を耳にすると、なぜだか階段の踊り場が頭に浮かぶ。一段また一段と同じ動作を繰り返し登っていく作業から一時的に離れ、次に進む道を見据える場所。再出発した先でも繰り返す動作は同じかもしれないが、少なくとも以前とは違う方向を向いていることは確かである。踊り場という日本語は語源がはっきりとわかっていないらしいが、そこには一連の動作の合間、どこか優美さと自由さを思わせる響きがある。
 最近、The New Yorkerに掲載された短編フィクションのなかで、こんな素敵な踊り場たちを思わせる幾つかの作品たちと出会った。今回はそのうち2編を紹介する。

"Greensleeves" by Sigrid Nunez

 妻と別れたばかりの精神科医が、隣に住む大家の開くパーティーに招待される話。読み進めることによって、冒頭で示されていた登場人物の立場が読者の想像と全く異なることが明かされる仕掛けがあって面白かった。精神疾患を抱える人々は間違いなくテーマの一つとしてあるのだろうけれど、本人ではなく彼らを心配し、支えようとする親しい人々を中心に据えた構成になっているのが特徴的。
 一度壊れた心は元には戻らなくて、それでも人生は続いていくこと。そしてそれは決して特別なことではなくて、誰にでも起こりうる普通のことなのだ、ということを、日常の中で間接的に切り取った様子が良かった。パーティーを主催する大家さんと若い友人の軽快なやりとりや、深く沈む気持ちへのどこかカラッとした向き合い方など、人々の交流の書き方が魅力的な作品。
 タイトルの"Greensleeves"は、同タイトルのイングランド民謡から。ラストシーンで主人公が再生していたMarianne Faithfullによる歌唱は、Youtubeで聴くことができる。この人が歌う"Greensleeves"は、作中での主人公の解釈とすごく一致するものを感じていい。読み終わってから何度か聴いて、ぼーっと余韻に浸ったり、主人公の迎えた朝がどんな心持ちだったかと想像したりする時間が楽しかった。


"Last Coffeehouse on Travis" by Bryan Washington

 恋人と別れたばかりの主人公が、叔母の友人・Margoが営むコーヒーハウスで手伝いをする話。主人公とMargoの関係が、決して湿っぽい感情を見せることなく深まっていく様子が美しい。繊細な動作ひとつで味わいが大きく変わるコーヒーの淹れ方を学ぶ中で、主人公はMargoの心情を、決して立ち入りすぎることなく、それでいて敏感に感じ取るようになる。一方でMargoも、表にこそ出さないものの、徐々に主人公に頼るようになったり、新たな恋人との関係をさりげなく後押ししたりと、寡黙な信頼を見せるようになる。この二人の関係も、常連客とのちょっとした会話も、どれも小粋でカッコいいやりとりを通して描かれるのが読んでいて心地よかった。
 この作品ですごく嬉しかったのが、主人公と新しい恋人との間で交わされる会話や行為がものすご〜〜〜くロマンチックで素敵だったところ。相手を飲みに誘った時に、えっこれってデートじゃないの?って言って笑い合うところとか、同性の両思い二人が通じ合った瞬間の描写として最高すぎる〜〜!!と思いながら読んだ。

No, I said. It’s not that. I just haven’t, you know, been on a date in years.

Oh. Was this a date?

Shit. It wasn’t?

Ken and I stood against his car, hedging. Then he laughed, all at once, open-mouthed, and I did, too.

Last Coffeehouse on Travis, Bryan Washington, from the New Yorker issue Sep. 8, 2024. 

 作中でも書かれていたけれど、コーヒーハウスというのはちょっとした居場所として、どこかに行きたいときに立ち寄る場所としてものすごく重要だ。色々な看板を下ろしてただの自分になりたい時、私は決まってお気に入りの喫茶店に行く。それこそ"人生の踊り場"に立っている時、いったん何者でもない自分に戻ってみるには絶好の場所である。ましてMargoみたいなカッコいいマスターが居たら、より一層素敵な拠り所になるだろう。

関係ないけど、最近のコーヒーの話

 コーヒーの話題で思い返したのが、最近気になっていたCoffee Talkというゲーム。Steam版とSwitch版が出ているらしい。登場人物のデザインや掘り下げがものすごく魅力的な作品で、世界中にファンが多いシミュレーションゲームとのこと。インドネシアの会社が制作するゲームなので、作中の登場するメニューにご当地ものがいくつもあって嬉しくなる。

 Youtubeでよく見ているジョー・力一(りきいち)さんの実況動画で知ったのだけれど、材料を組み合わせて一杯を作る機能が楽しそうすぎて自分でもやりたくなった。力一さん、見た目はデスゲームのマスターやってそうと言われがちだけれど、実際はやたら親しみやすい生活感のある話題が一番似合う人なので、おすすめです。個人的お気に入りは「節約できない貧乏選手権」。


 最近、iPadの保護フィルムをペーパーライクのものに変えたら電子書籍の読み心地がめちゃくちゃ良くなった。本当に紙で読んでるみたい!

電子書籍の読む気力50%UP


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