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幼い日々の、痛み苦しみに祈る: ここはすべての夜明けまえ (間宮改依), “Universal Harvester” by John Darnielle, "Allah Have Mercy" by Mohammed Naseehu Ali

 「痛みのない幼少期は無い」というフレーズが頭の中にずっと残っている。どこで読んだのか思い出せないが、どんな人でも、何かしらの(わざわざ人に話さないような)痛み苦しみを幼年時代に持って大人になる、の意だったと思う。子供の頃の記憶や感覚、心の動きというのは萌える若葉の如く、柔らかく剥き出しで、それゆえに鮮烈で、自分自身でも受け止め方がわからないくらいダイレクトに響いてくる。大人になってようやく向き合い方がわかるようになる人もいれば、生涯その記憶に背を向けないといけない人もいるだろう。中学校の国語の時間に読んだ、ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」が思い浮かぶ人もいるはず。(今考えると、あの年齢の時に、ヘルマン・ヘッセに、ましてこの作品に触れることの素晴らしさよ!国語の教科書ってサイコー!)
 あの国語の時間に音読された「少年の日の思い出」がそうであったように、こういった幼少期の傷、というような題材を扱った物語は読者に強い印象を残し、多くの人に繰り返し語られるものが多い。今日の記事では、幼い日の記憶、苦しみ、求め続けたけど手に入らなかったもの…を扱った作品を紹介します。長編小説2本、短編1本です。

ここは全ての夜明け前 (間宮改依)

 この小説との出会いはTwitter (X) の宣伝ポストだった。いかにも現代的な出会い方で、現代文学を、デビュー作家の本を、発売日に手に取る幸せ。大学生協の新刊コーナーにて物理書籍を発見し、気がついたらレジに向かっており、気がついたら2時間ほどで最後のページに。作品の素晴らしさはもちろんですが、書籍として上手いな〜と思ったのは表紙デザイン。読者層にうまくリーチしながら世界観を表現した美しいイラスト、独特の文体で始まる小説の冒頭部分を並べたデザインがすごく良かった。評判を知らない人でも、この文体に触れて、おやこれはSFらしいぞ、という情報が目に入れば、手に取らずにはいられまい。ものすごく求心力のある書籍のデザイン。ツルツルした質感のカバーも最高。

ハードカバーで買ってよかった

 「ここは全ての夜明けまえ」はSF小説として紹介されているけれど、読み味としてはむしろ現代の純文学としての趣が強く感じられるので、別にSFの凝った世界観とか興味ないし…という人にも大変おすすめ。SF作品には、①未来の世界やIFの世界の在り方を描くことで警笛を鳴らす様なものと、②未来の時代設定に現代の問題を投影することで現代社会の問題を描くものの2種類がある、という話を最近お気に入りのpodcastで聞いて確かに~と思ったけれど、「ここは全ての夜明けまえ」は後者により近い。特に今の20代くらいの人には刺さる要素が多いのでは。

 名前の示されない主人公は、子供の頃にうまく食事が取れなくなり、外で元気に遊ぶことはおろか、学校に行くことすらできずに苦しんでいた。ある時、彼女は肉体の苦しみから逃れるために「融合手術」を受け、体のほとんどを機械に置換した不老の体になる。長い時がたち、他の家族が次々と老いて死んでいった後、家族の記憶を書き留める「かぞく史」を書くことにした主人公だが…というあらすじ。扱われているテーマとしては、肉体、身体性の拒否、子供への性暴力、希薄な家族関係、介護問題など。
 主人公の書いた文章を読者が読んでいる、という形で進む小説なので、選び取る言葉や文体から主人公の人となりを読み取ることができる。しかしそれゆえに、後に提示される事実と自分の主人公像の理解の乖離ぐあいに驚いたり、冒頭とは全く異なる関係性が徐々に見えてきたりと、一人称小説の美味しいところがギュッと詰まっている。私は現代文学の流れは日本文学より米英文学の方が比較的よく知っているので、これは英語訳が出たらヒットするんじゃないかな〜と思いながら読んでいた。最近は日本文学の英語訳がよく話題になっていて、若者が読む日本文学といえばMurakami一強だった時代から随分変わった印象がある。人気所だと「コーヒーが冷めないうちに (Before the Coffee Gets Cold)」、「かがみの孤城 (Lonely Castle in the Mirror)」、「お探し物は図書室まで (What You Are Looking for is in the Library)」とか、あっちこっちのBooktuberの動画で見かけることが多かった。

 そういえばPenguinにこういう記事もありました。

 

“Universal Harvester” by John Darnielle

 Kazuo Ishiguroの本を片っ端から読み漁っていた時期に、the Guardianの特集記事でKazuo Ishiguroが最近読んだ本、として紹介されているのを発見し購入した。この本もまた表紙デザインが素晴らしい。怪しくてらてらと光るカバー、舞台となっているアメリカの田舎を思わせる暗闇の中のトウモロコシ畑…。好奇心をそそり、作品の世界観に完璧にマッチしたデザイン!北アメリカのデッッッッッカイ農耕地帯の小さな町を舞台にした小説、読みて〜〜〜〜〜!と思っていた自分の需要に悉くマッチした奇跡の一冊でもあった。

小学生の頃大好きだったホログラム折り紙を思い出す


 “Universal Harvester”は、幼い頃に母親を亡くし、父と小さな町で二人暮らしする青年が主人公。主人公はこれといったやりたいことも仕事も思い浮かばず、どこか浮かばない気分の日々をレンタルビデオ屋でバイトをしながら過ごしている。ある時から、ビデオを返却しにきた客に「変な映像が入っている」というクレームをたびたび入れられるようになる。主人公は、ビデオを持ち帰って再生することで「気味の悪い、言葉にしようのない映像」を確かめようとするが…という冒頭。ホラー映画のような始まり方だが、怪異現象の謎を解く物語ではない。行方不明になった家族の喪失、特に母親の不在がテーマになっている。あまりにも「そのビデオ、何!?」と追求したくなるような冒頭なので、レビューを読むと「謎が謎を呼んで謎のまま終わった」とか「ずっと肝心なところが明かされない」とか、やや困惑した感想も見られて面白かった。以前読んだエッセイ集で「現実には用意されたエンディングなんてない」という話があってお気に入りなのだけれど、この物語にだって、スッキリするナゾ解きなんてないのである。行方不明になった家族を、答えを知ることもできずにずっと探し続けるように。


"Allah Have Mercy" by Mohammed Naseehu Ali (短編)

 これはthe New Yorkerに掲載されていた短編。最近はムスリムの体験を題材にした作品が多く掲載されていて嬉しい。タイトルを見た時にオッと思ったけど、やはり祈りの決まり文句のよう。とにかく読者を離さない、読ませる、勢いのある魅力的な筆致にあっという間に魅了され、この著者の新作は追わなくては…!と決心するに至った。
 著者のMohammed Naseehu Aliさんはガーナの出身で、今はニューヨーク大学で教師をしているとか。"Allah Have Mercy"は著者の短編集“The Prophet of Zongo Street”に収録される予定。

 物語の舞台は"Zongo Street"と呼ばれるムスリムの移民、Hausaの街。主人公の少年は、学校の先生であり地域の"折檻役"を担っているおじさんに召使いのように扱われ、少しでも粗相をすれば気絶するまで鞭で叩かれる日々を過ごしている。幼いいとこは、激しい暴力に耐えられず学校でおかしな振る舞いをするようになったことがきっかけでいじめられている。強い体を持ち、教典への知識も深いおじさんに逆らえる大人はほとんどおらず絶望的な状況だが、それでも母や、弟分であるいとこへの深い愛を持って生きている主人公の心情が鮮やかに描かれている。著者の出身地であるガーナの移民の街をモチーフに、フィクションとしての脚色を含めつつも、実在する人物たちを元に書いたという短編。大人たちによる教育の体を取った虐待や、それが「望ましい、当たり前のこと」として行われることなど、ガーナにおけるムスリム社会の問題をテーマとしている。

 著者のインタビューで興味深かったのが、物語に登場する"Zongo"という地名は"キャンプ地"、すなわち移民が集まって住み始めた場所をを意味する、という話。なので、Zongoは実はガーナのあちこちにあり、またムスリムの町であるという特性から、もともとの移民街を作ったHausaたちだけでなく、あちこちの国・地域出身のムスリムたちを引き寄せ、多様な民族のメルティング・ポットになっているという。こういう話を聞くと、その文化圏の出身者が、自分たちの文化を題材にした作品を発表してくれることの有り難みを強く感じる。

 "Allah Have Mercy"では明確に描かれているが、今回紹介した作品はどれも、失われたもの、消えない傷、またわずかに差し込む希望のために祈りを重ねるような描写がある。過去を思い返すこと、誰にも理解されない行為で日々を埋めること、正義と信心を失わずに祈りの言葉を唱えること。幼い頃の傷に向き合う行為は、自己の最も柔らかい場所に触れることであり、時に自分の根っこを修復不可能なほどに傷つけてしまうことすらある。言うなれば、自分の内側に深く深く潜っていく冒険である。そんな危険が伴う行為だからこそ、物語の形を成した時には人を惹きつけるのだろうか。


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