上海電力問題について(元大阪市職員による考察)
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はじめに
近年、橋下市長による「上海電力疑惑」なるものがネットを賑わせていますが、かつて橋下市政でも働いていたこともある一職員の目線で、この騒動がどのようなものであるのか、一部推測も交えてお話させていただきたいと思います。
私自身はもうとっくの昔に辞めていますが、職務上知り得た秘密は守る義務がありますので、公開情報をベースに考察したいと思います。
<簡単な自己紹介>
・元大阪市職員(主に市長部局を勤務)~吉村市政まで勤務
・エビデンスとして橋下市政下(H23~H27)での当時の源泉徴収票を貼っておきます。
・当時渦中の港湾局にはおりませんでした。
上海電力疑惑とは
ここではあえて一から解説しません。
ジャーナリストの山口敬之氏が提起されたもので、詳細は月刊花田の関連記事及び、YouTube文化人放送局などの関連動画をご参照ください。
問題提起人の、山口氏の公開質問の内容などから、論点は概ね以下のとおりにまとめてみました。
入札は適正なものであったのか?
上海電力は招致されたと言っているがこの是非は?
橋下市長の関与はあったのか?
そもそも中国資本が参入するのは良いのか?
これに沿って順番に考察したいと思います。
1.入札は適正なものであったのか?
まず事実関係を整理します。
令和4年5月20日 建設港湾委員会
において、山本長助市議(自民)より本件質疑されています。
(質疑箇所は11:00あたりから)
※質疑応答は省略しています。
Q1.(山本委員)咲洲ソーラーの経緯と手法について教えてほしい。
A1.(港湾局)H23に大阪環境ビジョンを策定し、太陽光発電を推進してきた。このため未整備となっていた緑地の有効活用を図る観点から、太陽光発電事業に限定した市有地賃貸借の条件付き一般競争入札を行った。
H24.11.16に公募開始、同年12.26に「咲洲メガソーラー大阪光の泉プロジェクト」と賃貸借契約を締結。
(参考)
Q2.(山本委員)環境局は夢洲にてプロポーザル方式でソーラー事業を実施、港湾局は市有地賃貸借をおこなっている、これはなぜか?
A2.(港湾局)環境局が企業の資金やノウハウ提供によりメガソーラー事業を実施することを目的としていた一方、港湾局は未整備の緑地有効活用が目的であったため市有地賃貸借とした。
※プロポーザル方式・・事業者に事業企画内容を提案させて、最も優れたものを選ぶ方法。
(参考)
Q3.(山本委員)入札参加申込時に必要書類として納税証明書を提出するよう記載があるが、事業者は提出したのか?また無い場合補完資料はあるか?
A3.(港湾局)連合体の代表構成員(伸和工業)より提出があった。もう一つの会社(日光エナジー)は設立から浅く、提出はなかった。補完資料は現在確認中
Q4.(山本委員)契約から6か月以内に事業目的である太陽光発電施設の設置と運営がなければ契約解除事由にあたると契約書にはある。太陽光パネルが設置されたのはいつか? また設置が遅れる事情の資料はあるか?
Q4.(港湾局)工事着手はH26.3.24であり6か月は経過していたが、すでに手続きが進捗しており業務遂行可能と判断し、契約解除はしていない。資料は確認中。
Q5.(山本委員)2社連合体⇒合同会社(大阪光の泉プロジェクト)⇒日光エナジーが抜け上海電力が入る、といったように事業者がコロコロ変わっている。その理由と行政手続きを教えてほしい。
A5.(港湾局)「連合体⇒合同会社」は構成員に変更が無かったため引き続き契約とした。「合同会社⇒上海電力参入」は社員変更の届け出があり受領した。契約当事者の同一性や事業継続の観点を考慮し、引き続き契約とした
。
(山本委員)
答えられなかったことは後日回答お願いします。また質問主意書を提出しますのでよろしく。
質問主意書は以下のとおりです(twitterで拾いました)
【考察】
さて、以上を踏まえ、実際に行政に携わってきた者としては、法令に照らしてあからさまな瑕疵は見受けられないと思います。
私自身現役時代は入札に何度か携わりましたが、少なくとも入札までの手続きについては、「こんなもんじゃね?」という感覚です。
議論となりうるのはむしろ入札後、山本委員のQ4/質問主意書Q6、8かと思います。
1.契約不履行が長期間続いていたこと(山本委員Q4)
これは少々不可解です。通常、契約が理由もなく不履行となっている場合、契約解除が視野に入ってきます。ただし港湾局は「手続きが進捗しており、業務遂行可」と判断したとしています。
ここに合理的な理由があれば問題は無いかと思います。このあたりの事情を港湾局は公文書なりできちんと説明したほうがいいのかも知れません。
2.契約後に事業者が変更することの是非(質問主意書Q6、8)
要は「入札後に事業者が変わるってチートじゃね?」って話です。これが不公平に見えるのは理解できます。実際質問主意書Q8にも、「土地貸付の相手方を変更するのは条例上原則不可」、と記載されています。
これに対しては例外として、「①契約当事者としての同一性が維持されているかどうか」「②事業継続の観点から変更後の相手方が契約内容を適正に履行できるか」で判断するとしています。
②は良いでしょう。実際に上海電力が入ってソーラーパネルを設置したわけなので、問題無いように思います。
しかし①はビミョーなところです。「会社の組織や構成員を変更する場合は基本的には同一性があると言える」とのことですが、どの程度会社の中身が変われば同一性が失われるのか?という点が実は曖昧です。このあたりはなぜそう判断したのか、丁寧な説明が求められるように思います。
ただ、現実的に上記の点は大変線引きが難しく、担当職員がそれを判断するのは容易では無いでしょう。
実際の運用では②に重きがおかれるのではないかと推察します。
2.上海電力は招致されたと言っているがこの是非は?
さて、次の論点ですが、こちらのホームページをご覧ください。
上海電力のHPにはこう記載があります。
これをもって、「やっぱり大阪市が招致してたんじゃねぇか!」とツッコミが入っておるわけです。
結論から言いますと、これに関しては、ぶっちゃけ行政側からしたら「知らねぇよ」という感じだと思います。
といいますのも、通常行政が何かを招致等する場合、必ずHPに公表します。何かを秘密裏に招致する、ということはまずありえません。
国立国会図書館にWARPという過去のHPをアーカイブしたものがあります。この中で「上海電力」とか調べても、ほとんどヒットしないことがわかります。代わりに「招致」とか調べていただいたら、オリンピック(黒歴史)や万博などが出てきます。そう、そもそも特定企業を招致します、とかいうものはかなりレアなのです。
したがって行政が公に上海電力を誘致した、という事実はありません。
では、上海電力のHPにある「招致」とは何なのでしょうか?
答えを言えば、「上海電力に聞いてください」、としか言えないかと思います。
そもそも、そのHPを作成したのは上海電力なのだから、橋下氏や大阪市に聞いても分かりようが無いと思います。そもそも橋下氏に公開で聞く意味が無い質問ですね。どなたか上海電力への取材結果を教えてほしいです。
その上で、上海電力側が「実は大阪市から秘密裏にステルス参入を持ち掛けられていたんだ」とか言い出したのであれば、事情は変わってくるのかもしれませんが・・・
<5.31追記>
少し面白い情報を見ました。
上記上海電力のHPは中国語Verもあるようです。
さて、問題となっている「大阪市より招致いただいた」の記述ですが、画像中の「该项目由大阪市招标」に該当しそうです。
この部分の「招标」ですが、辞書で調べてみると面白い結果が
ファッ!?
またグーグル大先生の翻訳は以下のとおりです。
これでこの件は決着だなという感じがします。
もちろん上海電力が直接入札されたという事実はありませんが、上海電力が招致されたという事実はないことはこれで確定でしょう。
ということで山口氏のこの質問は残念ながら的外れではないでしょうか。
3.橋下市長の関与はあったのか?
さて一番世間の興味がありそうな事項ですね。こちらについても考察してみましょう。
まず事実関係からです。現大阪市長松井一郎さんはこのようにつぶやいておられます。
副市長案件とはどういうことでしょうか?まずこのあたりを簡単に解説していきます。
<専決について>
行政機関には、「専決」という概念があり、要はこれは市長が、これは副市長が、これは局長が、部長が、課長が・・と「誰がどこまで責任を持って物事を決定するのか」、が決められています。通常、決裁権を有するのは課長以上です。決裁に関する規定は以下のHPに公開されています。
松井市長がおっしゃるとおり、大阪市内では日々死ぬほど決裁行為がなされています。はっきりいって年間数千では到底きかないと思います。
行政は決裁地獄です。例えば、ちょっとした通知文を出す、要綱を変える、消しゴムを買う、出張する、こういった手続き全てに決裁を経る必要があります。
日々の業務の大半が課長決裁ですが、程度の大きさに応じて部長、局長、副市長、市長へと上げていくわけです。
少し大阪市について、内情に踏み込んだ解説をしましょう。
現在も変わりなければ、大阪市の場合、ほとんどの決裁は「文書管理システム」あるいは「財務会計システム」というシステムで係員により起案され、順番に、係長⇒課長代理⇒課長⇒部長⇒(理事)⇒局長⇒副市長⇒市長 と回送されていきます(複数局にまたぐ事業だと決裁はクソ長くなります)。
昔は紙決裁なのでハンコをついてスタンプラリーしていましたが、現在は電子決裁も普及しており、この場合順番にポチって行くスタイルです。
この際、どこまでの決裁を上げるのかは、上記規定に従って、起案者がシステム上で設定します。
今回、松井市長が「副市長案件だ」とおっしゃっているのは、この決裁システムを見て、最終決裁者が副市長となっていたからでしょう。
さて、市長まで上げなければいけないものは、先ほどのリンクの「大阪市事務専決規定」に基づく「大阪市事務専決規定運用要領」に詳しく記載しています。
専決規定は定まっていますが、必ずしも明確で無い場合もあり、実務上ぶっちゃけどこまで上げれば良いのか微妙なものが存在するのは事実です。
このあたり、事業に関しては実務的にはこんな感じで進んでいます。
まず係員が事業の叩き台を作成し、係長、課長代理、課長まで順番に説明を上げる。
担当で(案)としてまとめ、部長、局長へと順番に説明を行い必要に応じ修正を加えていく。
大規模な事業である場合や特別職レクが必要な場合、局長等が「これは大事な案件だから特別職に上げよう」といった会話になる。特別職とはここでは、主に副市長・市長のことです。
課長以上で副市長へレクに行き、アドバイス等をもらう。この際、必要であれば市長に上げるよう副市長から指示がある。
といった感じです。必ずしもこうでは無いですが、だいたいの雰囲気はこんな感じです。
レクを上げる際にどこまで決裁を行うかなどは話し合いますし、副市長は自身で必要だと判断すれば、市長までレクや決裁を上げるよう指示されます。
今回は副市長案件だったとのことですが、これは副市長自らの決裁で足りると判断がされています。
したがって以上を踏まえると橋下市長へは一切上がっていない可能性が高いと私は思います。
通常市長へ上げるのは、かなり大規模なもの、市会にかかわるもの、など市政のすごく大切な案件に絞られます。
特に大阪市のような巨大自治体はめちゃくちゃに仕事の範囲が広く、市長へは全部局の情報が入ってきますが、それは市全体の大きな方向性や予算に関することがメインです。
そう、ぶっちゃけ市長が把握していることは氷山の海上に出ている部分にすぎません。
その下で無数の決裁行為が行われ、行政は回っているのです。
入札案件だけでも、各局で腐るほどあります。はっきり言って市長が全部把握するなど到底無理ですし、そのために専決規定があるのです。
それでも、「なぜこんな重要な案件を市長まで上げなかったんだ?」という批判もあろうかと思います。確かにどの案件でも上げようと思えば市長まで上げられます。
こればかりは「価値観の違い」としか言いようが無いかと思います。この案件を重要と考えるか否かは、個人の価値観に依拠するところも大きいのではないでしょうか。
ただ事実として、通常の手続きや他の並びで見たときに、この入札案件が特別扱いされていたのか?という点においてはNOであると思います。
<当時の橋下市長について>
少し別の角度から話してみましょう。
平成24年頃の橋下市長は実に多忙を極めていました。当時特に彼が力を入れていたのは、「市政改革」であったと記憶しています。
当時策定された「市政改革プラン」では、住民や職員から猛反発を受けるような内容を次々と着手されていました。たくさん〇害予告を受け、警備が常駐していたというのも有名な話です。
市長は行政の長であるとともに政治家でもあるため、熾烈な議会折衝等もあり、連日メディアで取り上げられていたのは関西人であればご存じだと思います。また、維新の党勢拡大や大阪都構想など、やることは山積みであったでしょう。
私自身本庁で数度目にした程度で、市長など雲の上の存在でした。
正直、そんな忙しい人が上海電力とゴニョゴニョ、なんてあまりに無理があり、かつショボい話だなと思います。彼の忙しさを間近で感じていた者としてはリアリティに欠ける話だと感じてしまいます。
なお、市長は資産も公開しており、維新の会としては政治資金の流れも追われる立場にありますが、そのようなアヤシいお金の流れは確認されていないかと思います。
仮に見返りもなく中国に便宜を図っていたとするならば、何なのでしょうか?ハニトラ?
だとしてもその見返りが咲洲のほんの一部、しかも上海電力て・・・ちょっと私には陰謀論のようなレベルです。
<入札への関与は?>
先ほども言いましたが、橋下市長はこの案件自体を知らなかった可能性が高いです。通常入札は局の中で粛々と行われるため、入札日程等を知りたかったら部局に直接問い合わせる他ありません。個別の入札案件について市長から聞かれるなんてことは私は寡聞にして知りませんし、そんなことがあれば職員はかなり身構えるでしょう。
また市長からの何らかの指示があったことは絶対に無いと言い切れます。我々公務員(私は元ですが・・)は基本的に自身で説明のつかないことは起案しません。なぜならば、すべての文書は情報公開請求され、そのロジックを確認されうるからです。仮に橋下市長が介入して変な指示をされたならば、公務員は確実に自己の保身のために、「市長から〇〇と指示された」と、その経過を書き記しておきます。それならばまだ良くて、給与カットに怒り狂う職員があふれる当時の市役所ならば、即刻公益通報とかしていたでしょう。
いずれにしてもポイントは「一つの事業には多くの職員が携わっている」ということで、その人たちが一丸となって特定業者に便宜を図るというリスクを犯す可能性は非常に低いです。公務員とは無リスクを目指す生き物です。
たまにバカな人が官製談合とかで捕まっていますが、99.99%の職員は、安定身分をリスクに晒してそんなことをしようなどとは一ミリも思いません。
また別の角度から言えば、Abema TV内で北村弁護士と激論された回で橋下さんはWTOルールについて言及するシーンがあります。
WTOルールについては説明しないので各自調べていただければと思います。本件はそもそもWTO案件は関係無いのですが、橋下氏は「WTOルールが~」とおっしゃっています。
つまりこれこそが橋下氏が当該入札を詳しく知らないことの裏返しであるとも見れます。
そりゃそうでしょう、市長まで上がって無いのですから・・
また、これは直接のエビデンスにはなり得ませんが、橋下市長はとにかく公平性にうるさい市長でした。政治と行政を明確に区分し、外形的に不公正なことが起きないよう、徹底的に職員に叩き込むとともに、自身もものすごくその点に気を付けておられたようい思います。あの市長がそんなしょうもない談合なんかをわざわざやるイメージが私には湧かないですね。
長くなりましたが、以上より、私の結論としては「橋下市長が関与していた可能性は極めて低い」ということです。
最も可能性がゼロだとは言い切れません。一般的に「何かが無い」ことは悪魔の証明といわれ、立証することが大変困難であるからです。
「橋下市長が関与していた」と主張するのであれば、それを主張する側に挙証責任があります。現在の橋下氏に説明しろ、というのは少し違う気がします。
また、何かを問うとすれば現行政である大阪市に問うべきでしょう。
山口氏が公開質問でされていたような、「上海電力関係者と面会していたか?」については、これも橋下氏ではなく大阪市に公文書公開請求等すればいいことだと思います。
(おそらく不存在というオチでしょうが・・・)
4.そもそも中国資本が参入するのは良いのか?
さて、最後の論点です。
これに関してはこれまでの話も踏まえての、事実確認ですが、
・大阪市に中国企業を入れることによる法的な瑕疵は無かった。
・そもそも自治体レベルでは外資参入を断るロジックを立てることは困難。
といったところかと思います。
行政の大原則は「法の下に平等」であるということです。
仮にどのような資本であっても法律の根拠が無ければ安易に排除はできません。
一般論として、経済安全保障を考え、外資を規制する必要がある場面というのは存在しうると個人的には考えます。一方でグローバル社会なのだからどんな外資も受け入れるべきだという人もいます。これは「価値観の違い」でしょう。
したがって、このような参入障壁は極めて慎重に議論しなければいけませんし、第一に国会マターです。
自治体は条例制定はできますが、これは法律の範囲に限られます。きちんと法律において、こういう場合は外資が排除できますよ、と定めてくれない自治体は身動きが取れないわけです。
よって中国企業が進出することの是非は各々で考えればいいかと思いますが、それを実際に防ぐかどうかは制度の問題であり、国を挙げた議論が必要、ということです。
最後に
長くなりました。実際に働いていた公務員の目線で議論が深められたらと思い、本内容を急遽投稿した次第です。
当然ですが、これは一個人の意見であり、行政機関の公式見解ではありません。
なにかご意見等あればいただければ幸いです。