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カブトムシにうなされて

長男が小学1年生のとき、カブトムシを飼ったら子供のためになるんじゃないか、と思い始めた。私は子供のころにカブトムシを飼っていたわけではないし、虫が大好き、というわけでもない。虫に関わらずに生きていけるなら、それにこしたことはない。それでも、やっぱり。夏と少年とカブトムシ、というのは3つで1つ、というか、とても相性がよい。カブトムシを飼うことで、命の始まりや命の終わり、そんな何かを感じてくれるかもしれない。

知人からカブトムシを譲り受けた。オスとメス1匹ずつ。虫かご、土、葉、小枝、昆虫ゼリー。ホームセンターと100円ショップで必要なものを揃える。カブトムシは昼間は土の中で過ごし、夜になると地上に出てきて動き出す。子どもたちが起きている時間帯にカブトムシは土の中にいるため、観察できない。日中、子供にせかされ、土を掘る。そりゃ見たいよね、カブトムシ。夜10時くらいになるとカブトムシは元気になって、虫かご内で飛んだりする。ブンブン飛んでいる姿を見せたあげたいから、寝支度を済ませ、皆で虫かごを覗き込み、いつもより30分だけ、遅く寝ることにする。

カブトムシの寿命は短い。秋が来る前に、1匹、また1匹と、動かなくなっていく。

カブトムシが活発に動いているときはいいのだが、死んだカブトムシが、怖い。生きものは、生きているときよりも、死んでいるときの方が怖い。死んでいるものが、私を襲ってくることは、けしてないのに。ぬいぐるみやおもちゃは、始めから動かないものとわかっているから、動かなくても怖くない。だけど生き物は違う。さっきまで動いていたのに、今は動かない。元々動いていたかどうかの違いだけなのに。恐怖を感じながら、息を止めながら、死んだカブトムシを割り箸でつまみ上げ、お別れをした。

譲り受けたオスとメス、2匹のカブトムシは卵を産んだ。卵がふ化し、幼虫になり、成虫になった。2代目のカブトムシも卵を産み、幼虫になり、成虫になった。3代目のカブトムシも、同じことを繰り返した。4代目のカブトムシも同じ。5代目のカブトムシも、立派な成虫になった。

私は疲れ果てていた。カブトムシは30匹ほどに増えていた。虫かごが増える、世話をする時間が増える。カブトムシのオスが何匹、メスが何匹、と、各虫かごに数字を書くのもおろそかになった。自宅敷地内の納屋でカブトムシを育て、近所の子供たちに配るカブトムシおばさんをする生活環境でもない。ここは、どちらかと言えばコンクリートジャングルだ。虫かご置き場にも限界がある。家族も、カブトムシがいる生活に当たり前になっている様子だ。最初のころにはあった、カブトムシに対する好奇心とときめきが、失われているかもしれない。

5代目のカブトムシをもって、この生活に終止符を打つことにした。カブトムシを飼おうと決めたのは私なのだから、飼うのをやめることも、私に決めさせてもらう。

夢に、カブトムシの成虫が出てきたことがあったし、幼虫が出てきたこともあった。カブトムシのおしっこが自分の手にかかったこともあった。気をつけてはいたのだが、虫かご内に小バエを発生させてしまったこともあった。虫かごの蓋をきちんと閉めないまま寝てしまい、カブトムシが脱走したこともあった。そんな生活が、終わった。

現在、自宅の虫かごには小さなアカビロウドコガネがいたり、小さなカマキリがいたりする。小さな虫だったら、まぁいいでしょう。一昨年の夏は、カブトムシと並行して、スズムシも飼っていた。スズムシは近所で配られていたものなのだが、スズムシは小さかったし、スズムシをまた飼うというのも、まぁいいでしょう。

夏と少年とカブトムシと。もしくはクワガタムシと。それらの相性の良さは重々承知している。もしもまた飼いたいと言われたら、そのときは。そのときは。ホームセンターや昆虫館に見に行くことなら、できるのですけど。それで満足してくれるかな。


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