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バーバーチェア

2023 4/30(日)

ゴールデンウィーク前の散髪屋は、混んでいる。
俺は、普段、髪を切るだけですぐ終わる1100円の店に行くのだが、毎年この時期になると、いつもの三倍位の客がいる。
ブィィィーン!
うううう~
店のドアを開けた瞬間、バリカンの音が響いて来る。
うううう~
は、刈られているおっさんの、うなり声である。
おっさんは気持ちが良いと、バリカンに合わせて、このようなうなり声をあげる。
三箇所あるバーバーチェアに座っているのは、すべて、うなり声をあげているおっさんたちである。
入口近くには、順番待ち用の椅子が七脚あり、その内、六脚が、髪の毛ボサボサのおっさんたちで埋まっている。
なんとも、気味の悪い光景である。
俺は、券売機で1100円のチケットを購入すると、残りの一脚に座って、七人目のおっさんになる。
「うううう~」
バーバーチェアの真ん中のおっさんが、不気味なうなり声をあげている。
合唱するかのように、左右にいるおっさん二人も、
「うううう~」「うううう~」
と、うなっている。
髪を切っている三人の散髪屋も、また、おっさんである。
散髪屋だから、随分とお洒落な髪型をしたおっさんである。
モテるおっさんである。
三人の散髪屋は、リズミカルに客の頭を刈る。
「うううう~」「うううう~」「うううう~」
三人の客は、リズミカルにうなり声をあげる。
それぞれ、普段の散髪のスパンがどれ位なのか分からないが、ゴールデンウイークに合わせて、みな、若干、早めに刈りに来ているに違いない。
ブィィィーン・・・
ズボオー!
サッ、サッ、サッ
バリカンが終わり、頭に付着した毛を専用の掃除機で吸い、ホウキのような道具で毛を払う。
「ありがとうございました」
三人が、ほぼ同時に終わり、スッキリとした風貌になる。
「お待ちのお客様どうぞ」
待ち時間は、五分ほどだろうか。
回転が早いのは、おっさんの髪型にはバリエーションが少なく、バリカンで処理される場合が多いからだ。
このペースで行くと、あと5分後には俺の番が回って来る。
ぼんやりと待っている間、
「うううう~」
の合唱が段々と心地よく、眠気を誘って来る。
「はい、では、次のお客様」
寝落ちしそうな刹那、俺の番がやって来た。
「15ミリのバリカンでカットしますね」
「お願いします」
ブィィィーン!
うううう~
ゴールデンウイーク前の散髪屋には、新しいおっさんが、次々と入って来ている。
バーバーチェアには、俺を含めて三人のおっさん、待機椅子には七人、合わせると、ここには十人のおっさんがいる。
入って来た時はボサボサだった十人のおっさんも、店を出る時には、十人のモテるおっさんになって帰って行く。

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