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はじめてミネラルウォーターを飲んだ日

2023 1/2(月)
 
しばらく日記が滞っている。
こういう時は、昔、書いた文章を掲載するのがいいだろう。
ネットには載せていたものの、5人くらいしか読んでなかったエッセイである。
今回は、2014年に書かれたものだ。
子供の頃に、生まれて初めてミネラルウォーター飲んだ時の思い出を書いている。

ミネラルウォーター 2014/7

俺の生まれ育ったのは、神戸の鈴蘭台という街で、戦前は、その気候から、夏に最高の別荘地として栄え「西の軽井沢」と呼ばれていた時期もあった。
事実、たまに実家に帰省した時には、裏山からのウグイスの鳴き声がして来て目が覚める。

ホーホケキョ。
ムニャムニャ。
ホーホケキョ。
ムニャムニャ。
ホーホケキョ。
グ~。

ついに、まどろみのループの末、二度寝してしまう。
こんな場所がまだ、日本にあったのか。
しかも実家の裏山である。
世界遺産はただちに、俺の実家の裏山を認定すべきだ。
そんな、鈴蘭台がいかに素晴らしいか、それを伝えられるのは、生まれ育った俺しかいない。
もしくは、俺の家族か、喋りのウマい数名の幼なじみか。
もちろん、幼なじみはカタギの仕事についているので、ここは、芸人という仕事の俺が鈴蘭台の魅力を語り部のように伝えていくのが、鈴蘭台住民にとって、世界遺産への一歩となる手助けになればいいと思っている。
前述したように、非常に気候のいい場所だ。
山と海があって、あの有名な有馬温泉もある。
そんな条件だから、当然、水も美味しい。
そういえば、俺が小学校低学年の時分に、知りあいから「六甲のおいしい水」を貰った。
まだミネラルウオーターというものが認知される以前で、今でもはっきり覚えているのが「なんで、水を売っているんだ?」という驚きだった。
水、である。
誰もが知っている、あの水道から出る、水。
水道代はもちろん払っている。
買ってまで飲む水というのは、もしかして水に味があるのではないか?
オレンジ、グレープ、アップル・・・
一体、お金を払って飲む「六甲のおいしい水」の正体は・・・!
俺の家族は、生まれて初めてのミネラルウオーターを前に、想像からの緊張で、なかなかフタが開けられなかった。
特に、ビビりすぎていたオバアちゃんは「危ない!」とまで言い出した。
日本にいるのに、水にここまで怯えることは、なかなかあることではない。
食卓には、まだ見ぬ未知への世界が鎮座ましましており、家族は一向に手をつけようとしない。
そんな中、一家の司令塔でもある祖父のマサミが、この事態を打破すべく「全員のコップにつぐから、いっせいの~で飲もう」
という宣言した。
ミネラルウオーター平等条約である。
すぐに、発案は満場一致で可決し、行使することになった。
覚悟を決めた鈴蘭台市民の目の前のコップには、まんべんなく透明な液体が注がれた。
各自、注がれたコップの水を見つめながら、まるで人生の終わりのような顔をしていた。
ゆっくりと時間が流れて行く中、誰一人として、口につけない。
子供だった俺は腹が立ってきた、たかが水ではないか。
何をこんなにビビっているんだ。
よし、先陣を切ってやる。
俺は「六甲のおいしい水」を一気に喉に流し込んだ。
続いて、家族も一斉に、それを飲み干した。
長い沈黙のあと、家族全員、ほぼ同時にこう言った。
「・・・あれっ、いつも飲んでる水や」
そうなのである。
神戸六甲の近くにある鈴蘭台の我が家では、いつも水道から出ている水と同じ味だったのだ。
拍子ぬけしたその瞬間、真剣な顔で、祖父のマサミが笑った。
「ワハハ~おい!ここの家の水、売れるで~」
 
 

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