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ダンダンダダダ♪

2022 12/27(火)
 
しばらく日記が滞っている。
こういう時は、昔、書いた文章を掲載するのがいいだろう。
ネットには載せていたものの、5人くらいしか読んでなかった
エッセイである。
今回は、2015年に書かれたものだ。
演劇をやっていた20代の頃、韓国へ旅行に行った時のことを書いている。

ダンダンダダダ♪ 2015・5
 
冬のソナタの爆発的ブームが去りかけていた頃、俺はジャージ上下を着て、ソウルにいた。
それは、韓国人女優の舞台オーディションへの参加の為だった。
参加、といっても、俺は女優ではないので、この場合「お手伝い」という表現の方がいいのかもしれない。
正確には、「女優の卵たちとオーディションで即興芝居をする」というもので、結果的にはそうなったのだが、元々は、劇作家の田辺剛が一年間、ソウルに滞在していた為、俺を含む舞台関係者たちに、
「来る?結構遊んでも、五万位、うん、五万位だから、いくらなんでも、五万位はあるでしょ?」
と声をかけられたのがきっかけで、これが、27年間、一度も海外旅行をしたことのなかった俺の「これでとりあえず、海外へ行ける、これを逃すと次はいつのことになるのやら、せっかく誘ってくれたのだから行ってみようではないか」
という、そもそも韓国には興味はなかったけれど、向こうに着いたら、田辺剛がいるんだからという、完全に、なんとなく行くことになった訳だ。
なんとなく行くからには、なんとなく行ける服装がよいと思い、舞台人である俺は、いつでも動けるように、ジャージ上下という格好に、リュック一つで向かった。
そのオーディションの審査員席には、俺を含め何人かの演劇関係者がいた。
審査員、と言っても、実際には、田辺剛と韓国の関係者だけで、俺には、異国の地でひとりの女優の人生を左右する決断を下す任務はなく、ただ、楽しく即興芝居に参加する為、くねくねとストレッチをしていた。
最初は緊張していた女優たちも、ジャージ上下で、丸坊主で眼鏡をかけた俺を見た途端リラックスして、韓国語で何やら話しかけてきた。
どうやら俺の事を、現地の演劇インストラクターみたいな人だと思っているらしかったが、「キムチ」とか「ぺ・ヨンジュン」位しか言葉を発することが出来ない俺を見て、一気に、即興芝居への不安がよぎった。
オーディションに参加した女優たちは、10人位いたのだが、何よりもそのアプローチに驚いた。
日本で同じように演劇のオーディションに参加したことがあるから分かるのだが、普通、自己紹介する時は、あくまで自己紹介、つまり、名前、年齢、趣味などを伝えるのだが、彼女たちは違った。
もしかしたら、それは彼女たちだけではなく、きっと韓国女優の特長なのだろうと思ったが、自己紹介というわずかな時間で「特技」を披露するのだ。
それも、一発芸のような瞬間的なもので、ある者は歌を、ある者はモノマネを(似ているのか、似ていないのか、そもそも誰なのか全く分からないが)、ある者はギャグを(面白いのか、面白くないのか、全く分からないが)披露するのだった。
そして、いよいよ即興芝居がやって来た瞬間、女優たちは、更なるアプローチの為、自分たちの持っているすべてをさらけだした。
韓国語が分からない俺は、なぜか「豚」という設定で芝居をはじめることになり、10人の韓国女優たちに一気に取り囲まれた。
囲まれた瞬間、どうやらそこは養豚場らしく、全員から世話をされる俺は、ブヒブヒ鳴きながら、なぜか二足歩行でオーディション会場を徘徊したら、彼女たちのリアクションによって、実は豚の仮面をつけた「猪八戒」的なキャラクターになり、追いかけ回される。
俺は、逃げる為に、会場に置いていたボードに「SEOUL→L・A」と書いて、ヒッチハイクを始める。
彼女たちはそれを阻止すべく、様々なアプローチで俺の気をそらして来る。「おいしい食べ物があるよ」といったジェスチャーたっぷりの演技や、「私の恋人になれるよ」といった誘惑の演技。
中でも斬新だったのが、手拍子をとりながら「あんにゃま~か~ダンダンダダダ♪」と、韓国語の分からない俺が文字で書くとこうなってしまうのだが、何やら、古くから伝わる民族音楽のような音色の歌で猪八戒のヒッチハイクをあきらめさせるという演技だった。
俺は、そのなんだか分からないメロディと言葉に気分が高揚して、まるで磁石のように女優に引っ張られ、気がつけば養豚場に戻っていたばかりか、「ダンダンダダダ♪」を手拍子をしながら一緒に歌っていた。
そして会場全体が、もはや、「ダンダンダダダ♪」状態としか言いようのない空気で大いに盛り上がる中、オーディションは幕を閉じた。
この中から誰かを選ぶなんて出来ない、と、審査員がきれい事のように言うが、事実、この時ばかりは本当にそう思った。
韓国スターやドラマが日本で大人気なのは、お隣の国の日本人がうらやましくてしょうがないバイタリティにあるのだ。
彼女たちは全員、合格だ。
オーディションで落ちたのは、実は、この俺だった。
 

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