シェアハウス・ロック0424

発明語一覧

 今回やるような、網羅的な発明語紹介は、本当はおもしろくない。でも、たまには俯瞰したり、ある程度の速度をもって発明語を扱うのもいいかもしれないと思い、今回はあえてそうする。
 西周は、発明語の世界ではむしろ福沢諭吉をしのぐスーパースターである。哲学関連、心理学関連はほとんどが西の発明になると言って過言ではない。
 まず、哲学そのものが、「philosophy」の西による翻訳語である。それ以前、特に江戸時代に同じ位置にいた儒学と区別するため、西周が造語した。これも、すんなり哲学になったわけではなく、「理学」「窮理学」「希哲学」「希賢学」などと呼ばれたこともあった。後二者の「希」は希臘(ギリシャ)からだろう。
 象徴は、フランス語の「symbole(サンボーレ)」の翻訳語である。『哲学字彙』では「表号」とされている。中江兆民が『維氏美学』で「象徴」と訳して以降、一般化された。おそらく、中江兆民のほうが影響力が強かったのだろう。
 人格は、英語の「personality」の翻訳語。『哲学字彙』では「人品」となっており、これは仏教用語。「人格」は、井上哲次郎の造語とされ、明治後期に定着したようである。
 二度出て来た『哲学字彙』は、近代日本語を勉強するときには重要な書籍である。いずれ、一項を設けるつもりでいる。
 意識は、英語の「consciousness」の翻訳語。これも西周による翻訳。「目覚めているときの心の状態」を指す。アメリカ映画で、誰かが病院に救急搬送されたとき、病院の人間が運んで来た人間に真っ先に聞くのが「consciousness?」である。ちなみに、日本では、それまでは仏教語で、意味は、「心の働き」である。経典によく出てくる。
 哲学、心理学は、特に当時は近接する部分の多い分野で、しかも、儒学と親和性が高かったんだろう、理学、工学などに比べ、翻訳が先行した感がある。そこから、哲学も、心理学も、ともに翻訳語の増加に一役も二役も買った学問であると考えられる。とくに当時のそれは、日常生活に(すくなくとも現在よりは)近いところにあり、日常用語への転用も多かったに違いない。
 客観は、英語の「object」の翻訳語。これも西周。「主観subject」とともに心理学用語として登場している。当時は「かっかん」と読まれていた。
 理想は、英語の「ideal」の翻訳語。西周が、明治時代初期に哲学用語として用い、『哲学字彙』に収録されている。明治10年頃から「現実」の反対語としても使われるようになった。理想をことさら哲学用語と言われると、むしろ驚くようになっている。
 絶対は、英語の「absolute」の翻訳語。明治初期に井上哲次郎が、仏教語「絶待(ぜつだい)=他に並ぶものがないこと」を「絶対」とし、「absolute」の訳語とした。
 恐慌は、英語「panic」の翻訳語であることは考えるまでもないが、『哲学字彙』に載っているというので、ちょっとビックリする。もっとも、『哲学字彙』では「驚慌」とされている。いまの私たちには、日常用語、経済用語であるが、経済的な意味を持つのは、19世紀末。実際に経済恐慌に陥ったときからだという。
 ああ、ついでにbaseballを「野球」としたのは、正岡子規である。

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